第10話 獄中生活から解放されたはずなのに
やっと、外の世界に行けるのです。
「本日をもってお前の刑期は満了だ。これより人材オークションの関係者にお前を引き渡す。ついて来い」
銀色の鎧を着た兵士にそう告げられ、あなたは彼の後に続きました。
あなたにとって、牢獄の外に出るのは一週間振りでした。一週間お風呂にも入れずに過ごした囚人服のあなたはみすぼらしい姿で、悪臭を放っています。
「おかしいなー。私、まるで奴隷みたいだよね……」
「余計な口をたたくな!」
「はーい」
やる気のない声であなたは返事をします。
兵士の後ろについて、入り組んだ通路をあなたは進みます。城内は牢屋から離れれば離れるほど、豪勢かつ華やかなものになっていきました。ずっと暗闇にいたあなたは、眩しささえも感じます。
移動中、お城で働く人々があなたを嫌悪の目で見ていましたが、あなたは辛抱強く耐えました。
そうしてようやく、外へと続く大きな扉が見えてきます。
扉の前で兵士が止まり、あなたのほうを向きました。
「ふん。お前ほど牢の中で独り言ばかり言っているやつは、これまでいなかった。ずいぶんと楽しそうだったじゃないか」
「別にそんなのいいじゃないですかー。私、模範囚ですよぉ?」
「ああ、そうだな。だが、口の利きかたがなっていない。俺から選別をやろう」
「ぎゃッ!」
あなたは兵士に膝蹴りされました。
「ううぅ……っ」
あなたは倒れて痛がります。
「俺は正義に反する者しか蹴らないことにしている。この国の最上級兵士様に蹴られたことを光栄に思うがいい」
あなたは投獄初日に他の収容者さんが膝蹴りされているのを目にして以来、蹴られない努力を続けていたのですが、本日は釈放ということもあり、あなたも気が緩んでいたようです。
「安心しろ、俺は女と子供には優しいからな、手加減をしてやったんだ。とっとと立て! そして出て行け! 二度と戻って来るな!」
どうにかあなたは痛みに打ち勝ち、立ち上がります。
「あのー、手錠は……」
「……手間をかけさせやがって」
兵士は手錠を外し、あなた一人が通れるぐらいだけ扉を開けます。そして外のほうを指差しました。
「あいつがお前の身元引受人となるオークションの司会者だ。あいつが現地にお前を連れて行くことになっている。もう一度蹴りを食らいたくなかったら今すぐ失せろ」
あなたは兵士に逆らうことなく急いで離れ、扉を通過します。すると、すぐさま兵士は扉を閉めました。
扉の外側には、見張りの兵士が一人います。彼には声をかけず、あなたはオークション関係者の男性のほうに向かいました。
「お前が収容されていた魔王の手下か?」
「はい、そういうことになっています」
あなたが答えると、男性はあなたに手錠をしました。また手錠です。
「ついて来い」
非友好的に男性が述べた後、移動を開始します。
男性は黒いスーツを着た、身なりの良い恰好でした。馬車のような乗り物の類は用意されていないようなので、オークション会場はお城から近いのでしょう。
そう、あなたがお城の外観を見たのは、今日が初めてでした。つい、お城のほうをあなたは振り向いて見上げてしまいます。
大きなお城を出た後は、お手入れの行き届いた緑多き庭園の間を進みました。門の外に出ると、市街地が見えて来ます。
石やレンガ造りの建物がきっちりと並ぶ都市の景観は、まさにあなたの知る、ヨーロッパの街並みそのものです。あなたが東京都や神奈川県横浜市に行った際、このような建築物を単体で見たことはあるでしょうが、こちらは全ての建物が欧風で、あなたには新鮮に映ると思います。
「そういえばバス子さんって、なんで私のいた世界のことに詳しいの?」
それは、あなたの知る世界の知識を、ある程度は把握した状態で生み出されたからでございます。
例えば……あなたが良く観るアニメでありがちですが、お話を進めるのには大して必要ではない、水着の女の子達が出て来る不自然な回を水着回と呼ぶことも、知識として入っています。
「知識が偏り過ぎな気もするけど、さすがはフィギュア姿だったってことはあるね」
はい。ですから、あなたのための恋愛シミュレーションは得意なのです。
機会がありましたら、牢屋で中断となったメロン回の続きもおこないましょう。
「やりましょう」
今はとりあえず、その男性の後を、逆らわずについて行くのが賢い判断だと思われます。
「そうだね」
あなたはおしゃべりをやめて、周囲を見回します。
奴隷扱いのあなたを見る街の人々の目は、やはりお城の中と変わりません。先を歩く男性も、異臭を気にしているのか、ある程度は離れています。こちらに目をやることもありませんでした。
「建物は本物のヨーロッパみたいで、普通なら旅行中みたいな気分になれるのに、この汚い囚人服と最低な状況が、私の心をすごく惨めにしてくれる」
あなたには同情します。あなたはそのような格好で悲惨な扱いをされるべきでは、絶対にありません。
「せめてお風呂に入りたい……」
悲しいですが、あなたのお願いは叶わないのです。
たどり着いた大きな建物の中に、あなた達は入りました。そのまま進み、地下に向かい、だんだんと薄暗くなります。
あなたが見たものは、――牢屋でした。
「またっすか」
あなたは、愕然とします。
やっと光を得たのに、また暗闇の中。こちらの世界に来てがっかりしたのは、これでもう何度目のことでしょう?
「何度目かは分からないけど、この異世界、マジでクソだな……」
「抵抗はしないと思うが、一応ここに入って待機していろ。時間が来たら呼びに来る。……返事はどうした?」
「……はい、分かりました」
鍵を閉めて、男性は去りました。
こちらの牢屋は、お城のそれよりもずっと狭いです。便座もありません。他の牢屋には、あなた以外の先客がいるようですね。
あなたは手錠をされたまま、牢屋の端っこで、壁に寄りかかりながら座りました。
メロン回の続きを開始しますか?
「その前にさ、……バス子さん。今日までありがとね」
なんのことでしょうか? まさか、お別れのごあいさつですか?
「そんなんじゃなくてさ、毎日、一緒にいてくれてありがとうってこと」
そのような意味でしたか。理解しました。
「私がね、一週間もあんなところに閉じ込められて、毎日本当に最低限度のまずい食事を食べさせられても耐えられたのは、バス子さんがいてくれたからだよ。バス子さんがずっと喋り相手になってくれなかったら、私、牢屋の中で絶対におかしくなってた。だから、バス子さんにはすっごく感謝してるんだ」
そうおっしゃって頂けて、こちらとしてもありがたいです。
「これからもよろしくね」
はい。お任せ下さい。
「……それでこの後、私はどうなっちゃうのかな?」
今回は前回と違い、一般の人材オークションで競りに出されます。
最低落札価格はオークションの司会者が個別に決めます。そこから入札者が値を上げていき、最も高い金額を提示した方が、あなたの一時的な所有者となります。
「ふむ……」
あなたはオークション終了後、手数料を除いた落札額を受け取ります。その分を超える利益を落札者にもたらすか、落札日から三十日間以上、落札者に従事しないと、契約上、解放されません。
「また一週間前みたいに誰も入札しなかったら、今度はどうなるの?」
お次のオークション開催まで身柄が拘束されます。それまで、お城での拘束時と同等かそれ以下の待遇で過ごすことになるでしょう。
「それはやだなぁ……。どうにか、良さそうな人に落札されればいいんだけど……」
今回は最低落札額が低く設定されますので、落札に関しては問題ないです。
ただ、逆に競り合いで高値がつけられてしまえば、落札額に見合った成果を要求されるでしょう。約一ヶ月間、酷使され続けられるかもしれません。ご用心下さい。
「どっちにしても、ヒドそうだね。一週間も牢屋に入れられた時点で期待はしてないけど、出来れば、今までよりかはマシな待遇を期待したいよね。お風呂と、せめて普通の食事が用意されると、ありがたいな」
あなたのご希望が叶いますよう、祈っています。
「ありがと。じゃあ、オークションが始まるまで、メロン回の続きをお願いしようかな」
はい。お任せを。
ヨーロッパの歴史ある街並みが好きです。
あと、水着回って、ストーリーとあまり関係はしませんが、魅力的なヒロイン達が描かれるのであれば、ないよりかはあったほうが良いに決まっています。
ということで、次回はメロン色妄想ストーリーの後半部分となります。
最後までお読み頂き、ありがとうございました。