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堕天使たちの愛  作者: 瀬川弘毅
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3 エドワード

 東京都郊外にひっそりと建つ、西洋風の瀟洒な邸宅。白塗りの壁が朝日を反射して、美しく輝いている。

 一人暮らしには広すぎるくらいの家だが、J・M・エドワードにとってはこれくらいがちょうど良かった。研究のためのスペースを確保することもできるからだ。

 彼は元々、国際研究機関NEXTに所属する科学者であった。しかしジェームズの方針に反発し、NEXTが解体される以前に研究所を去った。その頃はまだ彼らの計画は初期段階で、ちょうど政府軍に第一世代の能力者を引き渡したところだった。当然第二世代は開発されておらず、NEXTも組織を抜けたエドワードに目をつけてはいたものの、能力者に追わせるようなことはできなかった。組織が崩壊したのちも、警察の容疑者リストに彼の名前が載ることはなかった。

 ユグドラシルを連れて逃走し、ペガサスに命を狙われた岩崎友美。彼女とは正反対に、エドワードには追われるべき理由もさほどなく、また差し向けられるべき追手もいなかった。いくつかの幸運が重なった結果、彼は今も自分の研究を続けることができている。

 エドワードは、能力者をあくまで軍事兵器として利用したいと考えている。人間を超人へと変化させるこの画期的な技術に、彼は無限の可能性を感じていた。だがジェームズは違った。彼はユグドラシルとスパイダープランとを巧妙に組み合わせた計画により、人類のあり方を変えようとしていた。それはエドワードの望むところではなかった。ゆえに両者は衝突し、一方がNEXTを脱退したというわけだ。

焼き上がったトーストを皿に並べ、マグカップにコーヒーを注ぐ。朝食の支度を終え、エドワードは居間のテレビをつけた。毎朝のニュースを確認するのは彼の日課だ。来たるべき日のため、政府や軍の動向には敏感になっておく必要がある。

 第三世代サード・ジェネレーション。それが、エドワードが今取り組んでいるテーマだ。すなわち、被験者第一号である村上蒼真をはじめとする、彼の生みだした新しい能力者たちの総称である。

NEXTの開発した能力者のほとんどは、哺乳類もしくは鳥類の力を人体に移植する方法を取っていた。遺伝子的に人間から離れすぎていない動物の方が、手術が簡単になるからだ。カメレオンや蠍の能力者、蛇の異能を限界まで強化したメドゥーサという変わり種もいるにはいたが、彼女らは数少ない例外である。大体の場合、NEXTは比較的容易に扱える哺乳類や鳥類をベースとし、その異能を何種類か掛け合わせることで強化版の第二世代を生み出した。

 しかし、エドワードはそうしたアプローチに対して懐疑的だった。彼が注目していたのは哺乳類や鳥類の動物ではなく、昆虫である。

 確かに昆虫が体躯が小さく、哺乳類と比べれば非力なイメージがあるだろう。けれどもそれは、体の大きさに覆せない差があるからだ。もしも人体と同じサイズで昆虫の異能を再現することができれば、その力は第一世代を、ややもすれば第二世代をも上回るのではないか、とエドワードは考えている。

 例えば、アリについて考えてみるといい。彼らは小さく、指で簡単に押し潰せてしまうくらい弱い存在だ。だがその体はきわめて頑丈で、高所から落ちてもびくともしない。自分の体と同じくらい大きな物を、楽々と運ぶこともできる。仮に彼らが人間と同程度のサイズの生き物だったとしたら、相当な脅威になるはずだ。少なくとも、そこかしこにいる野生の哺乳類なんかよりはよっぽど恐るべき相手だろう。こうした考えに基づいて、アメンボの能力者である村上を第一号とし、続々と新たな能力者が生まれているのであった。

 なお、被験者の選定方法について、エドワードはNEXTよりも単純な方法を取っている。身寄りのない子供たちを施設に集めて手術を行うようなことは、彼一人の力では不可能だ。そのための資金も時間も人手も足りない。世界規模の組織であるNEXTだからこそ、為しえたことだろう。エドワードは効率的に被験者を集めるため、刺激に飢えた若者に目をつけ、「超人になれる」と取引を持ち掛けた。円滑に取引を進める目的で、能力移植の手間を大幅に省く方法も確立した。その甲斐あってか、彼らの多くは進んで被験者となり、データ収集に協力してくれている。

 今やNEXTは解体され、エドワードを邪魔する者は誰もいない。少しずつサンプルの数を増やし、やがては第三世代以上の性能を発揮する能力者を生み出す。そしてこの国に反旗を翻し、自分だけの帝国を築く。それが、彼の描く未来だった。エドワードの手の中には、一国の未来を左右するだけの力があるのだ。

 コーヒーの香りを楽しみながら優雅な朝食を開始しようとした矢先、彼はマグカップを取り落としそうになった。信じられない思いで、まじまじとテレビ画面を見つめる。

 政府軍高官の神原康成という男が、カメラを前に熱弁を振るっているところだった。続いて映し出される資料には、手袋、ブーツ、防弾チョッキという一式の特殊装備の写真が載せられている。

『この装備を纏えば、普通の人間でも能力者と同等の力を発揮することができます。これからは能力者に頼るのではなく、我々人類の手で平和を守っていきたいと考えております。軍から能力者を追放し、あるべき姿を取り戻します』

 画面の向こうでにこにこと喋る恰幅のいい男を見ながら、エドワードの胸の中には様々な感情が吹き荒れていた。

 まず最初に感じたのは、驚きだ。インターネットを駆使して軍の動きは逐一チェックしているつもりだったが、まさかこれほど革新的な兵器を持ち出してくるとは予想していなかった。

 次に去来したのは、焦燥だった。彼は、自身の開発したサード・ジェネレーションに絶対の自信を持っていた。ゆくゆくは、白兵戦で無敵の軍団を築くことができると信じて疑わなかった。それを阻むような勢力の出現は、エドワードを大いに焦らせた。第一世代や第二世代が用済みになるのは別に構わないし、知ったことではない。問題は、対能力者用装備が第三世代にも対抗できるだけの力を秘めている可能性があることだった。

 そして、怒りが押し寄せてきた。エドワードはNEXTを抜けてから、ジェームズら上層部の目に留まらないよう僻地に身を潜め、ひっそりと研究を続けてきた。ようやくその成果を存分に発揮できるというタイミングで、軍に邪魔されてはたまらなかった。しかも相手は、NEXT解体のどさくさに紛れてなり上がったいけ好かない男ときている。今回マスコミに発表した新装備だって、ごく最近開発されたものに違いなかった。

「あんなガラクタに、私の発明を否定されてなるものか」

 エドワードは悪態を吐いた。もはや食欲は失せていた。テレビでは対能力者用装備を使ったパフォーマンスも行われていたが、見る気はしなかった。

「私の開発したサード・ジェネレーションの方が優れている」

 自分に言い聞かせるように呟き、エドワードは唐突に席を立った。ぐるぐるとリビングを歩き回りながら、彼の脳は高速で回転していた。今何をすべきか、諸要素を吟味して慎重に判断しようとしていた。

 やがて結論が出たらしく、エドワードは階段へ向かった。地下の研究スペースまで下りていくと、書類の積み重なったデスクに腰掛け、携帯端末を手に取る。

「軍の新装備は奪取、あるいは破壊しなければならない。私の計画の障害となり得る要素は、速やかに排除しなければ」

 そう独り言ち、彼は連絡先一覧を開いた。そこには、被験者たちのメールアドレスがずらりと並んでいた。

 予定よりだいぶ時期が早まってしまうが、背に腹は代えられない。約束通り、第三世代の諸君たちには役に立ってもらわなければならなかった。


 要領悪く、テストに関係のないことを長々と話し続ける教授。受講者の半数近くが居眠りしている大教室で、村上はあくびを噛み殺した。いつでも途中退席できるよう、彼は最後列に座っている。普段通りのポジションだ。

 二限目のこの講義は一緒に受けている友人もおらず、ただ退屈なだけだ。けれども出席を取られることがしばしばなので、さぼるわけにもいかない。二回に一回くらいの割合で、村上も出席するようにしている。

 初夏の陽気と共に、耐えがたい眠気が襲ってくる。皆に倣って俺も寝ようか、と思い始めた頃、不意に携帯が振動した。画面を見ると、メールの着信を知らせる通知があった。

 珍しいな、と素直な感想を抱く。日頃、友人やサークルの仲間との連絡はSNSで済ませることがほとんどだ。通知が来ているということは、フィルターで弾かれる単なる迷惑メールではないらしい。つまり、連絡先に登録しているアドレスから送信されたものだということだ。

誰からだろう。両親から緊急の連絡でもあったのだろうか。訝しみつつメールを開くと、送り主の名は「J. M. Edward」となっていた。村上に力を与えた、謎の男からであった。

そういえばあの時、連絡先を交換していた。「然るべき時がくれば仕事を頼みたい」とのことだったので、村上も承諾したのだ。しかし、連絡が来るのが思っていたよりも早い。彼と会ってからまだ二週間も経っていなかった。

『大事な要件を伝えるため、集会を開きたいと思う』

 メールの文面はそのようにして始まり、続いて日時と集合場所が細かく記されていた。おそらくは、「仕事」についての話があるのだろう。

 何となく不穏な気配を感じないでもなかったが、それ以上に村上は興奮していた。今までは、自分の異能を使ってもせいぜい水辺でサーフィンを楽しむ程度だった。だがこれからは、この力をフルに活かしてもっと面白いことができるかもしれない。それに、エドワードの約束していた報酬も大きな楽しみだった。あれだけの額の金が手に入れば、何でも好きなものを手に入れられる。

 返信は不要とのことだったので、あえてエドワードに何か送りつけることはしなかった。画面を暗くしてもなお、村上はわけもなく高ぶった気分だった。


 召集された先は、薄暗い倉庫のような場所だった。空の木箱がいくつか置かれている他は何もなく、がらんとしている。

 元々ここには、NEXTが実験に必要となる資材が一時的に保管されていた。しかし研究機関が解散になったのちは使用されることもなく、もぬけの殻となっている。

 近くの空き地にバイクを停め、村上は中へ入った。さっと見回すと、同年代の男女が既に何名か来ている。彼らはほぼ等間隔に離れて立ち、無言で携帯をいじっていた。エドワードの姿はない。数人が村上に気がついて顔を上げたが、すぐにまた俯いてしまった。

 彼らもまた、村上と同じようにエドワードに呼び出されたのだろう。彼に声を掛けられた人間は予想以上に多かったらしい。

力を得たのが自分だけではないという事実は、村上を複雑な気持ちにさせた。自分だけが異能を操れたのならば、ある種の全能感に浸れただろう。特別な、より優れた人間であるといった矜持も生まれたかもしれない。

けれども同時に、仲間の存在を心強く感じてもいた。他人と異なる特別な存在であるということは、連鎖的に孤独を引き起こす。理解されない悲しみを埋めるのは、難しいものだ。

 物思いは尽きないが、ともかく村上にとって新しい地平が切り拓かれたのは本当だった。単調な日々に彩りを添えるのは、エドワードに授けられた新しい力だけでなく、それに伴って新たに構築される人間関係にもなりそうだ。大学で知り合った友人たちとつるむのには、いい加減飽きが来ている。

 徐々に人が集まってきて、倉庫がやや手狭になったときだった。二階部分に張り出した細い通路を歩く、足音が響く。いつ頃から待機していたのだろう。暗闇から姿を現したエドワードは歩みを止め、手すりに体をもたせかけて下を見下ろした。若者たちをぐるりと見回し、にっこりと笑いかける。村上とも一瞬目が合った。

「よく来てくれたね。見たところ、全員揃っているようだ」

 それはつまり、自分たち全員の出欠を一瞬で確認し終えたということでもあった。油断のならない人物だ、との第一印象がさらに強まった。エドワードの観察眼は侮れない。

「今日集まってもらったのは他でもない、君たちに仕事を依頼したいからだ。大切な仕事だ」

 大切な、と強調するように言ったエドワードを、若者らは戸惑いを隠せずに見返した。どよめきが波紋のように広がる。

(ついにこの時が来たか)

 そんな中、村上は努めて冷静に現実を受け入れようとしていた。注射を打ってもらい能力者としての力を得てから、いつかはこの男の命令に従わねばなるまいと覚悟はしていた。エドワードは、普通なら決して手に入れることのできないものを自分にくれたのだ。恩返しはすべきだろう、と彼は至極当然のように思っていた。

 ただ少し意外だったのは、思っていたよりも「仕事」を依頼されるのが早かったことだ。

「私は君たちに異能を与え、能力者へと変えた。その力を見込んで頼みがある。これから私が指示する施設を襲撃し、ある物を奪取してほしい。安全に運ぶのが難しければ、その場で破壊しても構わない」

 さすがの村上も、これには動揺した。彼の気持ちを代弁するかのように、声を上げた者がいた。

「ちょっと待ってくれよ」

 村上から見て左方向、木箱に片足を乗せて気だるげに立つ青年。すらりとした背格好の彼は、強張った表情を浮かべていた。エドワードがそちらへ視線を向け、眉をぴくりと動かす。

「何かね、新田君」

 どうやら顔と名前を一致させてもいるらしい。

「まさかあんた、俺たちに犯罪をさせようっていうんじゃないだろうな」

「そのまさかだ」

「冗談はよしてくれ。俺はこんな仕事、絶対に引き受けないからな」

 平然と答えたエドワードに対し、新田は苛立ったように吐き捨てた。

「まあ、待ちなさい。人の話は最後まで聞くものだよ」

 笑みを消さぬまま、エドワードがなだめるように言う。

「襲撃する場所は、軍の武器保管庫。そこに置かれている対能力者用装備を、私は何としてでも奪わねばならない。君たち、能力者が軍から排除されたというニュースは見たかな?」

 大半が頷いたのを確認して、彼は続けた。

「彼らが軍から追放されたのは、もはや軍にとって能力者が必要ではなくなったからだ。あの装備を身につければ、普通の人間でも能力者と同等の力を発揮できる。その上、最近は戦闘機などの兵器の進歩も著しい。ある意味では歓迎すべき事態なのかもしれないが、しかし問題なのは、対能力者用装備が君たちの立場をも脅かしかねないということだ」

 軍の動向については、村上も大体は把握している。何も能力者を追い出す必要はないのではと思ったが、仕方のないことなのかもしれない。その事件と自分たちの立場とが、どう関係してくるというのだろうか。

「君たちは、私の造り出した最高傑作―サード・ジェネレーション。従来の能力者を上回るパワーを発揮でき、今後の研究次第でさらに強くなれる可能性を秘めている。あの特殊装備は、前途有望な君たちの未来を閉ざすものだ。能力者を性能の高い低いにかかわらず、全て不要だと切り捨ててしまう。実に嘆かわしいことだと思わないか」

 やや芝居がかった調子で語るエドワードの声には、熱がこもっていた。初めは襲撃作戦に抵抗があった村上も、知らず知らずのうちに話に引き込まれてしまっていた。

「ゆくゆくは、君たちを新世代の能力者として世間に向け発表するつもりだった。悪い話ではないはずだ。君たちは軍をはじめ各方面から引く手あまたとなり、明るい未来が約束される。私も研究者として躍進することができる。だが、どうやら軍内部の一部の派閥が暴走し、今回のような展開を引き起こしたようだ。このままでは私の計画は台無しになり、君たちの将来にも暗雲が立ち込めてしまう。そこで、お互い協力しないかというわけだ」

 彼の言葉にはなかなか説得力があり、村上はどうしたものかと考え込んでしまった。確かに、仕事内容には予想していた以上の危険が伴うかもしれない。しかし、成功を収めたときに得られる報酬は垂涎ものだった。村上は、自分が能力者として人々に注目され、尊敬の眼差しを浴びている場面を想像した。能力を活かして戦って悪党を成敗し、正義のヒーローだともてはやされる光景を夢想した。そして良い給与を受け取り、贅沢な暮らしをするのだ。

 リスクは高い。けれども、提案を受けるには値する。結論はそのようなものだった。


「装備を軍の手から奪って使えなくすれば、世間は再び能力者を必要とする。騒ぎが収まったところで私が君たちの存在を世間に明かし、既存の能力者に代わって君たちが一躍スターとなる。ウィン・ウィンな関係だ」

 エドワードは自信ありげに言って、能力者たち一人一人の顔を見た。皆、いくらかの疑念を抱いていそうではあるものの、概ね問題はないように見えた。熱心に自分の話に耳を傾けている彼らに、申し訳程度の良心の呵責を覚える。

 サード・ジェネレーションを世間に発表するというのは嘘ではない。しかしそれは、彼の命令に従った能力者がクーデターを起こして政府を転覆させた後、ずっと先の未来に実現されるはずのことだった。能力者たちには今回に限らず、自分の手となり足となって忠実に働いてもらわなければならない。エドワードの野望を達成するには、彼らの存在は不可欠だった。

 つまるところ、彼にとって能力者たちは利用し搾取するだけの存在だ。力を与えてやったことに恩義を感じ、若者たちは「仕事」を実行する。エドワードの巧みな演説によって軽い洗脳状態に置かれている能力者には、愚かにも周りが見えていない。常識的な判断を放棄し、目先の利益に飛びついてしまう。心理学の心得がある彼には、人を操るのは赤子の手をひねるようなものだった。

 聴衆の意識へ効果的に言葉を焼き付けるべく、一旦間を空ける。

「どうだろう。私の提案を受けてもいいという者は、挙手してくれ」

 その台詞を聞いて、村上は迷わず手を挙げた。ほとんどの能力者が挙手する中、一名のみが同意しなかった。

「危険すぎる。他の奴らが何と言おうが、俺は参加しない」

 素っ気なく言い、新田は足早に立ち去ろうとした。エドワードの熱弁を聞いても、彼の心は変わらなかったらしい。その背に、驚くほど鋭い声音で科学者は呼びかけた。

「待ちたまえ」

「何だよ、まだ用があるのか」

 振り返り、訝しげに見つめ返す新田に、エドワードはそれまで見せたことのなかった冷徹な表情を垣間見せた。

「私の計画を聞いた以上、ただで返すわけにはいかないな。万が一、襲撃計画を軍に漏らされるようなことがあっては困る」

 状況を見守っていた村上にも、ぞっとするような悪寒を感じさせる。それほどの威圧感が、一言一言から滲み出ていた。途端に後ずさりを始め、新田は声を震わせて問うた。心なしか顔色が悪くなっていた。

「口封じのつもりか」

「ああ。幸い、この場には大勢の能力者がいる。作戦に参加する者全員でかかれば、裏切り者の始末など一瞬で片付く」

 最後通告だとばかりに、エドワードが凄む。新田は慌てて両手を挙げ、抵抗する意思のないことを示した。

「わ、分かった。作戦には参加する。情報も漏らさない。それでいいんだろ」

「命拾いしたね。懸命な判断だ」

 ふっと相好を崩し、エドワードは微笑んだ。緊張した空間にふさわしくない、ひどく不自然な笑みだった。

 一連のやり取りを見届けた村上の脳裏を、不意によぎる考えがあった。それに気づき、思わずあっと声を上げそうになる。

 この男は、最初から自分たちに拒否権を与えるつもりなどなかったのだ。作戦不参加を表明した者は、口封じのため参加者によって始末される。参加者は自らの立場を守るためにはそうせざるを得ず、不参加を希望する者は脅しに屈して抵抗するのを諦める。したがって、作戦に参加しないためには過半数が不参加の意志を表明する必要があるのだが、今日が初対面の能力者たちにそんな連係プレーは不可能である。どう足掻いても、自分たちはエドワードの命令に従わざるを得ないようにできていた。そこまで見越した上で、エドワードは提案を持ち掛けてきたのである。

 ついさっきまで、村上は「この選択は自分自身の意志で行ったものだ」と思っていた。だが、そうではない。エドワードの話術に乗せられていい気になり、最後は多数決の暴力によって強制的に決定に従わされただけだ。

 異能を得てからというもの、何度も自分の力を試してみた。その度に水面を滑走する技術は向上していき、「俺ならできる」と自信をつけていた。今回の作戦に乗ってしまったのは単に莫大な報酬に釣られただけでなく、自分の能力に酔っている部分があったからかもしれない。

 今や、局面は引き返せないところまで進展していた。村上は能力者たちは例外なく作戦に組み込まれ、波乱の中へ身を投じることになる。

 壮大な運命に翻弄されているような感覚を味わって、村上は何だか、自分がひどくちっぽけな存在に思えた。



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