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堕天使たちの愛  作者: 瀬川弘毅
3/13

2 新兵器

「能力者を軍から追放するって…それ、どういう意味です⁉」

「馬鹿、声が大きい」

 顔をしかめ、澤田は唇に人差し指を当てた。思わず素っ頓狂な声を上げてしまった白石は。赤面して軽く俯いた。

 松木を含む彼ら三人は、大会議室を出た廊下で立ち話をしていた。先日に神原が提出した意見は多くの軍人たちの支持を集め、現在はその最終決定が行われている。すなわち、能力者の排除を行うか否か、多数決が採られている最中であった。


 軍の方針を決める重大な会議であることを理由に、零二の護衛を務める澤田と松木も、今回は席を外すことになっている。話し合いに参加する権利を持たない部外者に、機密情報を漏らすわけにはいかない。だが、これはあくまで建前だ。能力者に同席して欲しくない、という神原派の思惑が透けて見えるようでもあった。

 しかし、澤田たちとしても零二らの下す結論を知りたいところだ。自分たちの未来がそれによって決まるのだから、当然である。ゆえに会議室の近くで時間を潰し、退室してきた零二に一早く結果を尋ねようと思っている。要人たちの付近で待機することでボディーガードの役割も兼ねることができ、一石二鳥でもあった。


「そのままの意味だ。この会議の決定次第で、能力者はお払い箱にされる」

 苦々しげな表情で、澤田は白石に説明してやった。

「会議で配布された資料を全て見ることができたわけではないが、排斥派の大体の主張は分かった。軍の技術が進歩して能力者抜きでもスパイダーを狩れるようになったから、俺たちは用済みだということらしい。市井の人々も、能力者にさほど良い印象を持っていないようだ」


「私、納得できないです」

 首を振り、白石が顔を上げた。意志の強さを感じさせる瞳で、澤田を見つめる。

「隊長……いえ、澤田さんたちは、人類を守るために一生懸命に戦ってきたはずです。なのに何で、必要なくなったからって追い出されなくちゃいけないんですか。おかしいと思います」

「世の中が能力者を求めていないのなら、仕方ないのかもしれない。俺たちはいわば、NEXTの残した負の遺産だ。得体の知れない化け物の力を借り続けるよりは、馴染みのある機械に頼る方が安心できるだろう。そういうことだ」

 諦観と自嘲とを滲ませ、澤田が答える。


「それに、俺たちは最初からNEXTを倒すために動いていたわけではない。討伐隊を妨害し、可能な限りスパイダーを保護しようとしていた頃もあった。責められて当然だ」

「……そんなこと、言わないで下さい」

 目元を潤ませ、白石は一歩詰め寄った。ほぼ真下から見上げられるような格好になり、不意を突かれた澤田はどきりとした。

「模擬戦で結果が出せず、特殊部隊で処分されかけていた私を、澤田さんは救ってくれました。ううん、それだけじゃありません。いつも的確な指示を出して皆を引っ張ってくれて、とっても仲間思いで。私にとって、澤田さんはヒーローです。これからも、ずっと」


「過大評価だな」

 苦笑し、白石の肩にそっと手を置く。彼女を引き離し、澤田は言った。

「俺はそんなに大層な人間じゃない。お前から見れば英雄かもしれないが、軍人どもから見れば異能を宿した問題児だ」

 もしかすると彼は、かつて藤宮をはじめとする仲間たちを死なせてしまったことに責任を感じているのかもしれなかった。


「でも」

 まだ納得していない様子の白石が口を開きかけた直後、会議室のドアが静かに開いた。一番最初に退室してきた零二は、心なしか顔色が悪かった。三人はすぐさま、彼の元へ駆け寄った。

「司令、どうなりました」

 嫌な予感がしつつも待ちきれずに、松木が答えを催促する。対して零二は低く唸り、がっくりと肩を落とした。澤田たちの顔を、まともに見ることができないらしかった。

「君たちには本当にすまないと思っている。私もできる限りの手は尽くしたが……賛成が過半数を超えてしまった」


「それでは、まさか」

 松木が息を呑む。事態は、考えられる中で最悪の展開を見せていた。

「ああ。軍に所属する全ての能力者は、本日をもって追放処分となる」

 力ない足取りで廊下を進みながら、消え入りそうな声音で零二が告げる。全身を電流が走り抜けたかのようで、三人は刹那、その場に立ち尽くした。



「悪いね、和泉司令。でも、決定は決定だからねえ」

 嫌味ったらしい台詞を背中に投げかけられ、零二は振り向いた。その視線の先には、にやにや笑いを浮かべた神原が立っていた。両脇を黒服の男たちで固めている。

「別に、不服であるというわけではありませんが」

 踵を返して立ち去ろうとした零二の前に、黒いスーツを着込んだ屈強な男たちが回り込み、行く手を阻んだ。


「何の真似ですか」

 眉をひそめ、零二が語気を強める。笑みを消さぬまま、媚びへつらうような口調で神原は言った。

「おっと、これはこれは失礼しました。司令に危害を加える気はありません。用があるのはそちらの三人です」

 たちまち黒服たちは澤田らを包囲し、腕を体の前で構えた。おそらく神原の部下だろう。それも、とりわけ戦闘技術に卓越した者たちだ。構えに全く隙がなく、武道の心得があることは容易に察せられる。

「能力者には追放処分を与えなければなりません」


 もし抵抗するのなら容赦はしない、というニュアンスを言外に滲ませ、神原はにこやかに言ってのけた。彼へ向き直り、零二が青ざめた表情で反論する。

「待って下さい。彼らは私の下で働いている、大切な部下です。私は能力者として彼らを雇い、使っているわけではありません。あくまで普通の人間としての能力を買って、仕事を与えているだけなのです。それでも、追放処分の対象からは外されないと言うのですか?」

 軍の最高司令官は一枚岩の人物ではない。澤田たち三人へ処分が及びそうになったときのことを考慮し、弁護するための策をあらかじめ練っていた。


 しかし、多数こそが正義。怒涛の勢いで支持を広げる神原を押し止められる者は、この場には存在しなかった。

「ええ。全ての能力者を排斥しない限り、市民の不安を払拭することはできませんからね」

 わざとらしく、ちょっと考える素振りを見せてから、神原は続けた。

「しかし、世間に野蛮な能力者たちを野放しにしてしまうのも、それはそれで問題です。しばらくの間は、私の部下に行動を監視させてもらいますよ」

「そんな話は聞いていませんが」


 先の話し合いで、能力者に監視をつけるなどという案は出てこなかった。軽く目を瞠った零二を嘲笑し、神原は突然口調を変えた。もはや取り繕った慇懃さはなく、彼自身の野心を剥き出しにしていた。

「司令、いい加減に気づいたらどうです。あなたの時代は終わったんですよ」

 それを合図にしたかのように、黒服の男たちが動いた。澤田、松木、白石を後ろから羽交い締めにし、身動きを封じる。

「離して。離して下さい」

 じたばたと手足を振り回している白石を、スーツ姿の男はやや困ったように拘束していた。女性が相手だと、少々やりづらい部分もあるのかもしれない。


 一方の澤田と松木は抵抗せず、観念したように身を委ねていた。ここで反抗するのは得策ではない、と本能的に感じたからだった。自分たちはまだ、相手の握っているカードを知らない。一旦出方を見るべきだと思い、澤田はあえて何もしなかった。

 三人が捕らえられたのを確認し、神原は意地の悪い笑みを零二へと向けた。

「あなたは軍に戻って来るべきじゃなかったんだ。NEXTの追手から身を隠し、怯えたまま生涯を終えていれば良かった。私を玉座から引きずり落して返り咲いたツケを、ここで払わせてあげます。私があなたの全てを奪ってやる――権力も、部下も、そして家族も!」


 家族と聞いて、零二の表情が固まった。

「ご子息の元にも、既に私の手の者を回してあります。もうじき、彼も軍から追放されることになる。未来を失った若者が路頭に迷う姿を眺めるのは、実に滑稽でしょうね」

 零二の息子、和泉蓮にも神原の手が伸びようとしている。この分だと、佐伯雅也も危ないだろう。状況はこの上なく深刻で、覆しがたかった。

「御託はこのくらいにしておきましょう。さあ、連れて行きなさい。荷物をまとめる時間くらいはくれてやります」


 神原の指示で、黒服の男たちが澤田らを追い立てるようにして歩き出す。

 不意に、その一人が呻き声を上げてよろめいた。驚いて零二が目を向けると、白石を拘束していた男が床に倒れている。

 頭を後ろに反らすことで繰り出された頭突きが、男の鼻にクリーンヒットしていた。鼻血が止まらずに悪態を吐いている男を、白石は怒りに燃えた目で睨んでいた。

「澤田さんたちだけじゃなく、司令や討伐隊の皆さんまで……! こんな仕打ち、絶対に受け入れられません!」


「やめろ、白石。ここで抗えば、奴らの思うつぼだ!」

 暴れて追放処分を免れようとしたことが世間に明かされれば、「能力者は危険な存在だ」と神原派がアピールできる絶好の機会を与えてしまう。今以上に事態を悪化させることだけは回避せねばならなかった。

 澤田の制止の声も届かず、彼女は挑むように黒いスーツの男たちを見た。そして、小声でコマンドを唱えた。

「――『能力解放』」

 白石の周囲に白煙が噴き出し、怯んだ男たちが飛び退く。数秒後、煙の中から姿を現した彼女は、獣人形態へと変身を遂げていた。真っ白な毛並みに包まれた肉体。頭部から伸びる長い耳。シュシュを思わせる、ふわふわとした丸いしっぽ。ウサギの異能を発現し、白石は威嚇するように唸った。



「困りましたね。こうなった以上、私としても実力行使に出ざるを得ません」

 状況を楽しんでいるような口ぶりで、神原が呟く。それから冷徹な笑みを浮かべ、忠実な部下たちに視線を向けた。

「対能力者用装備の使用を許可します」

「はっ」

 軽く頷き、男たちは澤田と松木を壁際へ押しやると、一斉にスーツの上着を脱ぎ捨てた。その下から、防弾チョッキに似た漆黒の防具が現れる。はめていた白い手袋が、まるで風船に空気を入れたかのように膨らみ、ボクシングのグローブ程度の大きさとなる。革靴のように見えていたものも形態が変化し、瞬く間に厚底のブーツとなった。


 予期しなかった展開に、白石は一瞬怯んだように見えた。未知の装備を纏った男たちは彼女を取り囲み、気合と共に襲いかかってきた。

 床を強く蹴り、白石が高く跳躍する。グローブを装着した手で放たれたパンチは、虚しく空を切った。壁を蹴って再度跳んだ彼女は空中で右足を前に出し、跳び蹴りを繰り出した。


 戦闘能力自体はさほど高くない白石だが、ジャンプ力に関しては能力者の中でも抜きん出ている。彼女自身、本気で相手を傷つけるつもりはなく、身軽に動き回って敵を翻弄し、澤田たちが逃げる余裕をつくることができればいいと思っていた。

 もっとも、本人たちにその意志があったかどうかは別問題だ。逃走を図ってさらに局面を難解なものにしようとは、彼らは考えていなかった。ただ、衝動的な行動に及んでしまった白石の身を案じていた。


 彼女が渾身の力を込めて放ったキックを、男は躱そうとすらしなかった。上半身を覆う分厚い防具が、白石の跳び蹴りを受け止める。

 攻撃がまるで効いておらず、白石は狼狽した。と思ったのも束の間、他の黒服に胴体を掴まれ、空中から引きずり下ろされてしまう。想像以上の強い力に、彼女は抗えなかった。普通の人間が発揮できるはずもない怪力だった。


「神原さん、これは一体」

 もはや、単なる喧嘩のレベルではない。助けに入ることもできず、零二はうろたえて神原を見た。

「司令もご覧になったことがあるはずです。資料に記載しておいた、現在量産化が進行中の新装備ですよ」

 覚えていませんか、と神原はからかうように問うた。やり手のセールスマンかと思うほど、彼の舌はよく回った。


「この装備を身に纏えば、能力者と同等の身体能力を発揮できます。先日お話しした、能力者の抜けた穴を埋めるための秘策ですよ。しかもそれだけではなく、能力者を相手にした場合も有利に立ち回れるよう設計されているんです」

 まるで、最初からこうなることを予見していたようだと零二は思った。会議では「能力者の代わりに、普通の人間がスーツを着て同じ力を発揮できる」ことを強調していた。だが能力者の起こした暴動を鎮圧するのも、設計した目的の一つではないのか。


 男たちが着ている防具は、防弾チョッキ――すなわち、銃を構えた人間とやり合うための武装ではない。

 能力者相手にそんなものは必要ない。打撃を受けたときの衝撃を緩和し受け流す、接近戦でアドバンテージを稼ぐための装備だった。


 必死にもがく白石は、やみくもに拳を振るった。しかし、黒服たちの纏った防具がその威力を和らげ、ほとんど何のダメージを与えられていない。お返しとばかりに、今度は男たちが殴打を叩き込み始める。

 特殊な素材で作られたグローブはパンチ力を高め、平均的な能力者と同じくらいの破壊力を発揮する。突き刺すようなパンチを何発も腹部に打ち込まれ、白石は身悶えするほどの激痛に目を見開いた。かはっ、と呻き声を漏らし、がくりと膝を突く。


「手を緩めないで下さい。相手は能力者、普通の人間の何倍も生命力が強いんです。徹底的にやるに越したことはありません」

 部下たちに向き直り、神原が指示を出す。命令通り、男たちはブーツを履いた足で白石を容赦なく蹴りつけた。こちらもグローブ同様、蹴りの威力を能力者と同等まで引き上げる効果がある。つまり彼女は、大勢の能力者に攻撃されているのと大差ない状況に陥っていることになる。


「が、はっ」

 倒れた白石の華奢な身体を、男たちが何度も何度も蹴り飛ばす。時折か細い悲鳴が漏れる。新装備を纏った男らの、無慈悲なワンサイドゲームだった。

「……やめろ。お願いします、やめて下さい」

 零二は神原に向かって深く頭を下げた。もう恥もプライドもあったものではない。部下の命の方が優先だ。

「いいでしょう。まあ、殺してしまっては色々と面倒ですし」

 鷹揚に頷き、神原が部下を制止する。ぐったりとしている白石の元へ、澤田と松木が駆け寄った。


「澤田さん」

 床に横たわったまま、白石は弱々しい声を発した。口元にはべっとりと血がついている。

「ごめんなさい。私、何の役にも立てなくて」

「何も喋るな。じっとしていろ」

 そう言いながら、澤田の手は小刻みに震えていた。目の前で大切な仲間を傷つけられ、彼は怒り狂いそうだった。


 けれども、自分や松木が加勢したところでどうにかなる問題でもなかった。並みの能力者と互角に戦える相手が大勢いるのなら、正直なところ勝算はあまりない。何もできないのがたまらなく悔しいが、さすがに多勢に無勢、ここは退くしかあるまいと判断した。

 三人は改めて黒服たちに囲まれ、連行された。彼らの中に怪我をしている白石を構おうとする者はなく、澤田は彼女を背負って歩いた。

 もはや、能力者かそうでないかなど関係なかった。ただ、強い者が弱い者を虐げているだけだった。


 数日後、軍は記者会見を開いた。会議での決定を踏まえ、世間にこれからの軍の方針をアピールする必要がある。零二には不本意な会見であったが、他の多くの軍人はそう考えていた。

 カメラのフラッシュを浴びて眩しそうに目を細め、神原は得意そうに報道陣へ語りかけた。

「――ご説明しましたように、我が国の軍は生まれ変わりました。スパイダー討伐に能力者の力を借りなければならない時代は終わり、人間の手で世界を守ることのできる時代が幕を開けたのです」

 まるで「能力者は人間ではない」とでも言いたげな口ぶりに、零二は内心、憤りを感じていた。彼らは何度も自分たちを助けてくれた、大切な存在だった。

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