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堕天使たちの愛  作者: 瀬川弘毅
2/13

1 会議室にて

今回から少しずつ、前作のキャラクターたちも登場していきます。以後、お楽しみに。

 軍服を着た男たちが会議室を埋め尽くしている。正方形を描くように机が並べられた部屋は、ほぼ満席となっていた。

 軍の高官全員が揃ったのを確認し、和泉零二は口を開いた。

「では、本日の議題に移りたいと思います」

 彼の背後の壁に設置されたホワイトボードには、「軍への能力者配属の必要性について」と書かれている。張り詰めた不穏な空気を、零二はひしひしと感じていた。


 無論、彼が望んでこんな議題を設定したわけではない。立役者は他にいる。

 右側の席にどかっと座り込み、腕組みをしてこちらを挑戦的に見つめている人物だ。待ってましたとばかりに挙手し、零二に発言の許可を求めてくる。

 この男からの強い要請によって、今日の会議を開かざるを得なかった。渋々ながらも零二は頷き、意見するように彼を促した。


 机に手を突き、小太りの男がゆっくりと立ち上がる。その様子を見て、部屋の隅に控えていた澤田は眉をひそめた。

 彼は現在、松木や白石と共に零二の補佐役を務めている。彼ら二人が主に護衛を、白石が秘書に相当する仕事を請け負っているという具合だ。

「私は、今の状況を見る限り、スパイダー討伐に必ずしも能力者の力を借りる必要はないのではないかと考えております」


 慇懃で、それでいて自信に溢れた口ぶりで、小太りの男は言った。手元にメモを用意してはいるが、ほとんど見ずに喋っている。今日この場で話す内容は、あらかじめ頭に叩き込んで来たらしい。それだけの熱意が―悪く言えば野心が―あるということだ。

 彼とは、澤田も何回か顔を合わせたことがある。神原康成。零二に次ぐ地位に就いている中年の軍人で、新型兵器の開発に意欲を見せている人物だ。


 神原と零二の間には、ちょっとした因縁がある。以前、NEXTの能力者に追われた零二が討伐隊の元に身を寄せていた際、彼の代わりに政務を行っていたのがこの神原という男だ。零二が軍に復帰してからは元の役職に戻されているが、本人としてはそれが我慢ならなかったらしい。

 最高の権力を手にして有頂天になっていたところ、よりによってNEXTの計画に加担した罪人、和泉零二に椅子を奪われたのを理不尽に思ったのかもしれない。以来、零二のことを目の敵にし、何かと理由をつけては突っ掛かってくるのだった。


「まずは、こちらの資料をご覧下さい」

 プロジェクターを操作した神原は壁際にスクリーンを下ろさせ、用意してきた映像を見せた。赤と白に塗られたシャープなフォルムの戦闘機が三機、中型のスパイダーを取り囲むようにして空中を飛んでいる。

「三か月前に我が軍も導入している、対スパイダー用の最新型戦闘機『ラース』です。アメリカでは既に実践例も多数あります。今お見せしているのは、北陸地方に出現したスパイダーにその部隊が対処する様子です」


 白く鋼のように頑丈な皮膚をもつ、巨大な蜘蛛。森林の真上に張られた巣を移動する巨躯を、戦闘機が追跡する。

「従来の機体では、飛行する際にスパイダーの巣が邪魔になって十分に高度を上げることができませんでした。しかし、ラースはその問題を解決したのです」

 時折、神原のいやに丁寧な解説が入る。そちらにも意識を向けつつ、零二は緊張した面持ちで映像を眺めていた。


 三機の戦闘機が急上昇すると同時に、両翼の外縁部の先に何かが現れた。薄いナイフのような刃がスパイダーの巣をあっさりと切断し、ラースが高度をぐんと上げる。あっという間に、三機はスパイダーの真上に移動していた。

「巣に接近した瞬間に、翼の先から高温の金属板がスライド式で露出。熱で糸を切り裂くことで、巣を障害とすることなく、理想的な射程位置につけるのです」

 おお、と何名かが歓声を上げた。神原が着実に支持を集めていることは、零二にも痛いほど伝わっていた。


 その後はとんとん拍子だった。戦闘機がレーザー光線や追尾機能付きのミサイルを連射し、ほどなくして目標を沈黙させる。実に鮮やかな手際だった。

 映像が終了し、神原が部下にプロジェクターを片付けさせる。皆を見回し、彼は勝ち誇ったような笑顔を振りまいた。

「お分かりいただけたでしょうか。確かに、数年前の我が軍は弱かった。スパイダーの脅威に対抗するにも自分たちの力だけでは困難で、能力者の力を借りるしかなかった。ですが、今は違います。技術が進歩し、普通の人間の力のみで敵を倒せるようになったのです。もはや我が軍は、能力者などに頼らずとも十分に戦えます」


 台詞の途中で、神原は零二に一瞥をくれた。その視線の意味を理解し、澤田ははっきりと苛立ちを覚えた。かつて零二はNEXTに利用されるがまま、防衛計画に能力者を組み込んだ。神原は暗に零二の過去を指し示し、嘲笑っているのだ。

 あの時、零二に他に選択肢はなかった。国民を守るため、従わざるを得なかった。だが、事実は事実であり、そして神原は利用できる論拠なら何でも利用する男なのだ。


「それが、神原長官が能力者は不要だと説く根拠ですか」

 苦々しげに零二が返す。映像資料を見せられては、どうにも反論しづらい。いかに能力者が強大な力を秘めているといえども、迅速に現場に向かって目標を殲滅するという点ではやはり戦闘機に劣る。迷った末、相手の出方を見る作戦を選択した。

 けれども、神原の方が一枚上手だった。あらゆる答弁の可能性を考慮し、彼はこの場を掌握するための無数の手段を準備していた。


「根拠の一つではあります。ですが、それだけではありません」

 もったいぶった口調で、彼は続けた。

「能力者に対して民間人がどのような感情を抱いているか、司令はご存じですか」

「どのような、と言うと?」

 困惑した零二ににやりと笑いかけ、神原は配布していた資料を一ページめくった。

「五ページのグラフをご覧ください。これが答えです」


 視線を資料へ落とした瞬間、零二は殴られたような衝撃を受けた。記されていたアンケート調査の結果は、惨憺たるものだった。半数以上の人々は、能力者を恐怖の対象として見ている。残りの人々にも不信感を抱いている者などが多く、全体として肯定的な感情はあまり持たれていないらしかった。

「皮肉なものです。命を賭けて戦ってNEXTの計画を阻止し、世界を救った。その結果がこの有様なのだから」


 澤田や松木が控えていることに、神原は気づいていないのだろうか。いや、気づいているはずだ。わざと挑発的な言葉を織り交ぜ、彼らが怒り狂い暴挙に及ぶようなことがあれば、「能力者は危険だ」などと言いがかりをつける。そして自説をさらに補強する狙いなのだろう。二人はそれを理解していたから、怒りに震えつつも何も言わなかった。

「かつて、彼らは救済をもたらした英雄でした。しかし月日は流れ、時代は変わった。人ならざる者である能力者は、一般人からすれば得体の知れない怪物でしかないのです。市民の不安を取り除くためにも、軍は能力者との連携をやめるべきだと考えます」


「……すみません、質問があるのですが」

 恐縮したように挙手したのは、管理職に就いて間もない若い男だった。

 神原は今日の会議に備え、毎晩のように酒を飲み交わして同僚に熱弁を振るい、味方に引き入れてきた。ゆえに、この場に出席している者の中にも彼の支持者は相当数を占めるはずだ。まだ軍の派閥を知らない軍人だからこそ、神原の意見に疑問を呈することができたのかもしれない。


「新型戦闘機ラースの優秀性は理解できたんですけれども、スパイダーに対抗するには機体を量産し、日本全国に配備する必要があります。仮に全ての能力者が軍に所属しなくなり、彼らに給与を支払う必要がなくなったとしても、それを実現するだけの予算を確保するのは難しいのではないでしょうか。ラースの製造費は馬鹿にならないと思いますが」

「良い質問ですね」

 鷹揚に頷き、神原は再び資料に目を落とした。若い彼の質問も、予想の範疇を出ていなかった。全ては神原の掌の上で転がされていた。


「では、資料の十四ページに目を通していただけますか。このプランならば、製造費はラースほどかかりません。量産化にもさほどの時間は要しないでしょう」

 そのページをめくった途端、零二の顔色が変わった。凍りついたように、そこに並ぶ文字列を見つめていた。


(何だ。一体、あの資料に何が記されていたというんだ)

 離れた位置に立つ澤田からは、細かな文字は見えない。確かなのは、能力者の存在を肯定する者にとって決定的な打撃となる内容だということだ。焦燥が胸を掠めた。

 神原の演説はしばらく続いた。能力者との連携は止めるつもりだが、討伐隊との協力関係を白紙に戻すわけではなく、大きな戦力ダウンには繋がらないであろうこと。能力者の抜けた穴は、いずれ各地に配備される予定の戦闘機と、前述したプランで十分に補えるということ。


 ショックから立ち直れずにいた零二は、理路整然と持論を展開する神原に反論することすらできなかった。神原は会議室を支配し、軍人たちの心を強く掴むことに成功していた。一旦彼に傾いた流れは、そう簡単には引き戻せない。

 零二には反対意見を述べる糸口さえ与えられぬまま、議論は能力者排除の方向へ向かって行く。神原派は他を圧倒し、まるで寄せつけなかった。



 悪友たちと遊びに興じていても、村上はいまひとつ楽しめなかった。前々から飽きが来ていた類の娯楽であったこと以外にも、理由はある。

「どうした。今日はえらく調子が悪いじゃないか」

「たまたまさ。次は当ててやる」

 冷やかしてきた一人を軽く受け流し、気だるげにダーツを手に取る。投げた矢は、的の真ん中から大きく外れて刺さった。


 昨夜、謎の男から注射を打たれて力を授かってから、村上は物事に集中することが難しくなっていた。何をしていても、つい自分の得た力について考えてしまう。

 例のアジア系の風貌をした男性は、去り際に名を問うと「エドワード」とだけ答えた。それから、闇に溶けるように姿を消してしまった。もっとも、偽名である可能性も捨てきれないが。


「たまたまじゃないみたいだな」

 ソファに腰掛けた銀髪の男子学生が、煙草を吹かしながらにやにやと笑っている。人を小馬鹿にしたような笑みだった。

 村上は何も言わず、椅子に置いていたトートバッグを掴み上げた。

「悪い。ちょっと用事があるんだ」

 ゲーム代としての数千円を、叩きつけるようにテーブルに乗せる。会計は任せた、と足早に遊戯室を出た。


「待てよ。負けそうだからって拗ねてるのか」

 苛立ちと嘲りの混じった声が、追いすがるように背中越しに投げかけられる。

「蒼真、お前最近付き合い悪いぞ」

 続く罵声を完全に無視し、村上はさっさと階段を下りて店の外へ出た。


 薄々勘付いていたことだが、彼らは特に自分を必要としているわけではない。友人と呼べる間柄でもなかったのかもしれない。ノリが良く、一緒に馬鹿をやれる人間ならば誰でも構わないのだ。そして、今の自分はもはやそんな人間にはなり切れない。ルーティンと化した数々の娯楽は目新しさを失い、くすんで見える。快楽のみを追求した生き方をしようとも思えなくなっていた。


 けれども、村上は能力者としての異能を得た。この力をどう使えばいいのかはまだ分からないが、新しい人生を切り拓けるのでは、との微かな期待と予感があった。自分のごくつまらない生涯へ降りかかる、極上のスパイスになるかもしれなかった。

 バイクに跨り、村上はある考えに基づいて道を走った。



 工場が解体され、今は更地となっている空間。白い砂利が一面に広がり、その所々から雑草が顔を覗かせている。

 村上はバイクを停め、人気がないのを確認してから敷地内へ足を踏み入れた。深呼吸を一つし、緊張した面持ちで口を開く。

「――『能力解放』」 

 エドワードに教えられたコマンドを小声で唱える。次の瞬間、村上を中心として同心円状に衝撃波が吹き荒れた。体が白煙に包まれる。


「うわっ⁉」

 驚いて、思わずのけ反りそうになった。視界が晴れるのを待ち、恐る恐る自身の肉体に目をやる。筋肉量が増えたにもかかわらず体が軽く感じる、という不思議な現象が起きていた。身体能力が向上したということか。だが、外見に目立った変化は生じていない。本当に変身できたのだろうか。


 違和感を感じて、足元へ視線を落とす。どうも足の裏がむず痒かった。不可視の何かが、そこから発せられているような感覚があった。

 やはり、自分の能力は陸上では十分に活かせないらしい。予想が確信へと変わった。

 敷地から抜け出すと再びバイクに乗り、村上は今度は河辺へと向かった。



 靴を脱ぐかどうか迷った末、脱がないことに決めた。バイクから降りるやいなや、穏やかに流れる川へと真っ直ぐに歩く。

もう日が沈もうとしていた。水面に反射する夕日が眩しい。


『君に与えた力は、アメンボに由来するものだ。その特性を活かして使ってみなさい』


 あの夜、エドワードは自分に向かって告げた。彼の言葉を信じるとするなら、能力を最大限に引き出すにはこの場所が最適なはずだ。

 水中へ一歩踏み出し、村上は自分の考えが正しかったことを知った。

「しかしすごいな、これは」

 しげしげと水面を見やる。普通なら底へと沈み込んでいくはずの靴が、一向に沈まない。水の上に膜が張られたように、村上の右足はぴたりと静止して動かなかった。靴の裏から水が浸み込んでこないことから、足から放たれた何かが水分を遮断しているのだと分かる。


 意を決して、左足も前に出す。またしても靴は沈まず、村上は水面に立っている格好になった。

 常識で考えればあり得ない光景が、今目の前で起こっている。興奮し、心拍数が上がるのを感じた。

 アメンボは、軽い体重と水をはじく体で水の表面張力を利用し、水面上に浮くことができる。また、自在に水面を滑走することもできる。村上の発現した異能は、その力を人体に応用したものだった。

 慎重に右足を前に出すと、つうっと滑るように進んだ。続いて左足も出すと、さらにスピードが出た。


「……すごい」

 夢中になって、村上は何度も足を交互に動かした。その度に彼の体は音もなく水面を滑った。未知の感覚に、心が震えるのを感じた。

 しばらく練習を繰り返すと、難なく水上を移動できるようになった。要領はスケートに似ている。コツさえ掴めればこちらのものだった。

 円を描くように滑走し、次はサーファーを真似て派手にカーブを切ってみせる。微かな水飛沫を上げながら、村上は手にしたばかりの力を思い切り楽しんだ。


 川には信号機もないし、避けなければならない車や歩行者もいない。速度制限もなく、高低差を利用してスピードをつけ、一気に長距離を滑走することもできる。バイクを走らせるよりもずっと面白いじゃないか、と村上は思った。

 僅かに体を前へ傾け、左足を前に、右足を後ろに。両手はゆったりと横方向へ伸ばし、バランスを取って転倒を防ぐ。数をこなすうちに、滑るときの基本姿勢もだいぶ固まってきていた。

 歓声を上げながら、村上は川面を何度も何度も滑った。暗くなり川と岸の境が分からなくなるまで、辺りには軽快な水の音がこだましていた。


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