43:<土曜日> 四色カレー
何も言えず黙り込む楓に、母が詰め寄る。
けれど、そんな二人の間に、キッチンから出て来た染さんが割り込んだ。
彼が母の視線を遮ってくれたことに安堵する反面、親子間の問題に巻き込んでしまった申し訳なさを感じる。
「あの、立ちっぱなしもなんですし、よろしければ席へどうぞ」
染さんを見た母は、にっこりと愛想笑いを浮かべる。
昔から彼女は、他人に対しては良い顔をするのだ。
「あら、そうさせてもらうわね」
「ご注文は、いかがいたしましょう」
「そうねえ、定番カレーをお願いできるかしら」
「かしこまりました」
染さんの登場で勢いをそがれたのか、母の攻撃が止む。
楓は調理を手伝うためにキッチンへと引っ込んだ。
このまま、母が落ち着いてくれれば良いのだけれど、望みは薄い……
四色カレーは下ごしらえした材料を使って、二人で手分けして作った。
定番カレーはレシピが同じなので、楓の手伝える内容も多い。
今回、楓の担当は、白いカレー。
染さんに教えてもらった手順を思い出す。
あれから、白いカレーは改良を重ねられ、手作りのカシューナッツペーストを加えることに決まった。
現在は、よりコクがありまろやかな仕上がりとなっている。
(水っぽくならないように、適度に水分を飛ばして……)
ぐつぐつと煮込めば、香り高いカレーのできあがりだ。
その間、残りのカレー三種を仕上げた染さんの手際の良さは別格である。
大きな皿の中央に丸く形作ったターメリックライスを盛り付け、周囲に四色のカレーを流し入れ、トッピングを添えて完成だ。
使用するライスは、カレーによって変えている。
定番カレー用のターメリックライスの他に、バターで香り付けしたサフランライスやクミンライス、パセリを混ぜたものや雑穀米を用いることもあった。
カレーの内容によって、毎回染さんが選んでいる。
洋燈堂でよく使う米は「インディカ米」と呼ばれる細長い米だ。
パラパラとしていて、軽い食感の米である。
ちなみに、インディカ米は、新米より古米の方が高価だ。
熟成させると、より香りが強くなるからという理由らしい。
その中でも、「バスマティライス」という品種を使用していることが多い。
こちらはインディカ米でも特に高級なもので、香り高いという特徴があった。
香りの女王とも呼ばれている。
インディカ米で「ジャスミンライス」という名の米も有名だが、そちらはタイ米の高級品種だ。
どちらも香り高いのは同じだけれど、ジャスミンライスはフローラルな香りで、バスマティライスはナッツ系の香りだと言われている。
あっさりしたものにはジャスミンライスが、こってりしたものにはバスマティライスが合う。
「お待たせいたしました」
極めて業務的に、楓は母の前にカレーを置く。
「あら、おいしそう。今のカレーは、こんなにおしゃれな見た目なのねえ」
母は、華やかな盛り付けが気に入ったようだ。
冷めないうちにと、彼女はカレーをライスと混ぜ、口へ運んだ。




