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38:<金曜日> 桜エビとキャベツのカレー2

 鈴木さんが店に置いていった雑誌には、洋燈堂のほかに、桃さんとバルさんのカレー屋や、染さんと訪れたカレー屋も載っていて面白い。

 昼時になると、理さんが三階から下りてくる。

 キッチン側に回る彼は、楓と染さんの様子を眺め、怪訝な表情を浮かべた。

 それを見た染さんが、「僕たち、付き合い始めたんだ」と報告する。


「なっ……!? 本当なのか」


 染さんは、少し気まずそうな、困った表情を浮かべていた。

 

(兄弟の間に謎の緊張感が……?)

 

 どうしたものかと心配に思ったけれど、客席からお客さんに呼ばれたので、そちらへ向かう。

 とにかく昼は混み合っているので、きびきびと動かなければならない。

 混雑する時間帯が過ぎると、ようやく一息つける。

 お客さんの減ったタイミングで、交代で昼食をとるのだ。

 

 理さんの業務はここで終了。

 少し元気がないのが気になるけれど、彼はちょうど店に現れた田中さんと一緒に、外へ出かけてしまった。

 最近、この二人は仲がいいみたいで、よく一緒にいる。


 お昼のまかないを食べ、のんびり休憩していると、見覚えのある女性が店に入ってきた。


「楓……! 会いに来たよ!」

 

 ゆったりした普段着に身を包む彼女は、会社員時代の同僚、若菜だった。

 彼女は楓より一足早くあの会社を辞め、実家で療養している。

 若菜の家は和菓子屋をやっているので、家業を手伝っているみたいだ。

 

 たまにラインで連絡を取り合う仲なので、楓は洋燈堂にいると彼女に知らせていた。

 ついでに、彼氏ができたことも先日伝えている。


「若菜、元気そうで良かった」


 最後に会ったときは、お互いに、それはもう酷い有様だったので。

 若菜を席へ案内すると、染さんもカウンターの前に出て来る。

 彼を見た若菜が、楓の耳元で囁いた。


「ちょっと、楓、あの店長、めっちゃイケメンじゃない?」

「あはは……」

「あんた、抜け目ないね。まあいいや、今日の目的はカレーだし」


 楓が若菜の注文を取り、染さんは調理に取りかかる。

 他のお客さんはいないので、楓は店のSNSを更新しつつ若菜の話を聞いていた。


「ねえ、知ってる? 前の会社の先輩たち、ついに退職したらしいよ?」

「そうなの? なんで、そんな話を若菜が?」

「あの課長から、私にも電話がかかってきたのぉ。どうせニートなんだから、戻って働けって」


 楓のところに彼が来た事件は、若菜に報告済みである。

 同僚なので、同じことが起こるかもしれないという心配から連絡した。


「そのとき、課長に『先輩たちが辞めて人がいない』って聞いて。あの人は相当困っているみたいだったけれど、それって前より酷い状況って意味だよね? なおさら戻れないよ、また病むのが目に見えているし」


 もしかすると、元上司が洋燈堂に押しかけてきたのは、先輩たちが退職する話をすでに知っていて、焦っていたからかもしれない。

 思い出して腹が立ってきたのか、若菜は文句を言っている。

 

「私に向かってニートだの働けだの、社会貢献だの国民の義務だの、余計なお世話だよ! ちゃんと和菓子屋で接客と事務してるっつーの!」


 楓のときも、アルバイトがどーの、飲食店がどーのと語っていた。

 

(結局は、自分に合った場所で仕事をするのが一番だと思うけどな)

 

 このままでは、元上司が体を壊すのは時間の問題だろう。


「でも、楓が元気そうで良かった。前は不健康で痩せていたし、青白い顔だったもんね」

「お互いにね」


 楓が救われたのは、染さんと洋燈堂のおかげだ。

 そうしているうちに、桜エビの香ばしい香りを放つオレンジ色のカレーが運ばれてくる。


「わあ、おいしそう! 私、スパイスカレーって初めてなんだよね。家では、市販のカレーを使うから」


 若菜は勢いよくカレーを食べ始め、満足そうな顔で食後のデザートも平らげた。

 そして、後片付け中の染さんに声をかける。


「店長さん、これからも楓をよろしくね」


 満面の笑みで「また来るから!」と言う若菜は、すっかり元気になったようで、軽い足取りで階段を下りていった。

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