21:<日曜日> ダリア
色々あったけれど、無事にカレーフェスの日がやって来た。
朝からどんよりした灰色空で、小雨が降ったあとなのか地面が濡れている。
気温もいつもより低く、コートを着込んでも寒かった。
早朝で薄暗いのも一因だが、フェス日和でないのは確かだ。
早起きした楓は、染さんの車に必要な荷物を積み込んで出発した。
場所は数駅先にある広い公園の一角。
人はまばらで、公園にいるのは、楓立と同じように自分たちのブースの準備をするカレー店の面々と、朝の散歩に励むサラリーマンや高齢者だけだ。
湿った匂いと緑の香りが落ち着く。
会場を見渡した楓は、とあることに気がついた。
こうしてカレー店同士で集まると、顕著になるのが店員の数だ。
人数の多いカレー屋は準備も早く進む。洋燈堂のように店員が二人だと大変である。
負けじと頑張っていると、楓たちに声をかけてくる人がいた。
「染くん、楓ちゃん!」
見ると、すぐ隣に桃さんとバルさんがやってきた。
「二人とも、早いわね! それににしても、すごい偶然。ブースが隣同士なんて!」
事前にもらったパンフレットによると、洋燈堂と桃さんたちのブースは並んでいる。
エントリーのあと、抽選で場所が決められるのだ。
とはいえ、店によって条件が異なるので、店の規模や人気を考慮して、お客さんが来やすいように会場が作られている。
四人で協力して準備を行なうと、思っていたより早く店が設営できた。
「楓ちゃんたちは、トリプルカレーにしたんだね。サイドメニューは用意した?」
「あ、はい」
このフェスでは、メインのカレーの他、サイドメニューやドリンクも出品できるのだ。
楓もあらかじめ、それらを店に出す申請をしている。
ラッサムというインド風のスープと、マサラチャイだ。寒いので、温かいものを揃えている。
カレーを頼まなくても、飲み物だけでも楽しめるように。
そして、桃さんやバルさんの店のサイドメニューは、もちろんモモだった。
準備を終えて休憩していると、染さんが朝ご飯を用意してくれた。
ダリアというインド風のおかゆだ。挽き割り小麦で作り、牛乳と砂糖が入っていて甘い。
この料理には甘くない、カレー風味バージョンもあるそうだ。
「ありがとうございます、染さん」
保温できる容れ物に入っていたので温かい。白い湯気が、曇り空へ立ち上っていく。
ダリアとチャイで簡単な朝食を終えると、いよいよ開店時間が近づいてきた。
「楓ちゃん、緊張しているね」
「しますよ」
「まあまあ、気負わずにいこう」
染さんは、いつもどおりのマイペースだ。だから、妙に安心する。
火の準備も完了、鍋もフライパンも、トレーも用意できた。
「お客さん、来てくれるでしょうか」
「大丈夫だよ、楓ちゃん。呼び込みを頑張ろう」
「そ、そうですね、看板もチラシ型メニューも作りましたし! 余裕があれば、ドリンクの試飲もしましょう!」
まだまだ有名ではない洋燈堂だから、宣伝に力を入れなければならない。
「あ、見てください。あそこの大きなブース、超有名なカレー屋さんですよ! 前にカレー雑誌に載っていたんです。グランプリ優勝って」
「僕も知ってる。食べたいと思っていたんだー、まだ食べられてないけど。買いにいこうか」
「今は駄目ですよ、もう開店時間ですから。状況を見て、大丈夫そうなら買いましょう」
食べてみたいのは、楓も一緒だった。
まだ、人もまばらなので、チラシでお客を呼ぶ店も多い。
桃さんの店はというと、小さく切ったモモをトレーに入れて配っている。
「よし、チャイを用意しましょう」
小さなコップに二口分ほどのチャイを淹れ、店の前を通った客に渡す。
寒い日なので、試飲ついでにチャイやラッサムを買ってくれる人が続出した。
「場所もいいね。有名店の近くだからか、人通りが多い」
「カレーも買って欲しいですけど」
「どの店もお皿は小さめだし、グループ客はカレーをシェアしている。食べてもらえる可能性はあるよ」
お腹がいっぱいになるまでが勝負だった。




