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15:<金曜日> マンゴーチャツネとドーサ

 実験で作った合い掛けカレーが染さんに評価され、楓は接客業務の他にトッピング係に任命された。一歩前進だ。

 そして、今は副菜係もできるよう、朝から染さんにアチャール=ピクルス作りを教わっている。

 楓が副菜を担当できれば、染さんが他に割ける時間が増えるのだ。

 

 ちなみに、今日は洋燈堂の休日だ。

 特に用事がなかったので、店のキッチンを借りたいと染さんに言ったところ、何故か彼も部屋から店に降りてきて、一緒に作業することになってしまった。

 

「頼んでいた荷物が、今日店に届くから」

「そうだったんですね」

 

 楓は、スーパーで買ってきた野菜をキッチンへ並べる。

 にんじん、大根、セロリ、みょうが、パプリカなどだ。

 これらはカレーの付け合わせで、染さんがよく使う野菜である。

 野菜を食べやすい大きさに刻み、別でピクルス用の液を作る。


「クミンシード、フェンネルシード……」


 用意していると店のインターホンが鳴り、宅配業者の人がやって来た。

 大きな箱に入った段ボールを、染さんが受け取っている。心なしか、彼は嬉しそうに見えた。

 抱えた段ボールを、染さんはカウンターのそばに置き、開封し始める。


「染さん、それはなんですか?」

「ふふふ、僕が楽しみにしていたものだよ」


 そう言って、彼は段ボールを空けて中身を取り出した。

 プランターに入った、葉っぱだけの木が現れる。わりと、素っ気ない木だ。


「インテリア、ですか? 観葉植物?」

「これは、カレーの木だよ。オオバゲッキツやナンヨウザンショウと呼ばれることもある。この葉っぱは、カレーリーフと言うんだけど、匂いを嗅いでみて?」

「えっと、それじゃあ……」


 楓はカウンターへ移動し、葉っぱに顔を近づけた。


「あ、カレーの香りだ」

「そう、香辛料の原料なんだ。たたくと、もっと香りが強くなるよ。今までは、桃さんの店で冷蔵のカレーリーフを買っていたけれど、摘みたての葉を使ってみたくて」


 染さんは、店の隅にカレーの木を置くことにしたみたいだ。いそいそとプランターを運んで水をあげている。と思いきや、いきなりブチブチと数枚の葉をちぎりだした。


「これ、ピクルス作りに使えるよ?」


 にっこりと無邪気な笑みを浮かべ、染さんは葉っぱを持ってキッチンへ移動する。

 当然ながら、ピクルスは店によって味付けが異なる。洋燈堂のピクルスは、甘酸っぱい仕上がりのようだ。

 塩、砂糖、寿司酢、水、スパイスを鍋で煮て、洗ったカレーリーフも鍋に投入。

 煮立ったら火を止めて冷まし、瓶に詰めて冷蔵庫へ入れる。

 明日は楓のピクルスが客に出されるのだ。そう思うと嬉しいけれど、少し緊張する。

 カレーリーフの力だろうか、いつもよりもピクルスが香り高い気がした。

 

「この調子で、副菜を極めたいです。副菜係にも任命してもらえるように」

「僕の仕事がなくなっちゃいそうだね」


 冗談を言いつつ、染さんは楽しそうに笑っている。


「楓ちゃん。ついでに、チャツネも作ってみる?」


 チャツネとは、インド料理に出てくるペースト状の調味料だ。ジャムの瓶のような容器に入って売られている。

 サモサなどの料理に付けて食べたり、カレーに混ぜたりして使う。

 果物、野菜、魚など、食材によって、様々なチャツネを作ることができる。

 染さんは、冷蔵庫から細長いマンゴーを取り出した。

 

「楓ちゃん、カルダモンの中の種を出してくれるかな。カルダモンは二粒か三粒でいいよ」

「了解です」


 棚からカルダモンの容器を取り、小さな殻を割って黒い種を取り出す。


(いい匂い……)

 

 その間、染さんはマンゴーの皮を剥き、実を細めに切っていく。生姜も刻み始めた。

 それらを鍋の中に入れ、塩や砂糖やレモン果汁も加えて煮詰める。

 シナモンパウダーとカイエンペッパーとブラックペッパーも混ぜている。


「マンゴーの他に、リンゴや梅も使えるよ」

「なんでもありなんですね……」

 

 できあがったチャツネは、瓶に移し替えて保存する。

 常温で半年から一年もつので、洋燈堂の棚には、たくさんのチャツネが並んでいる。

 全て染さんの作品だった。

 

「まだ時間があるし、この間買った材料で、お菓子を作ってみる?」

「ドーサミックスと、イドリミックスですね。作ってみたいです。とりあえず、ドーサから作ってみようかな……ところで、ドーサってなんですかね? パッケージを見る限り、薄いお菓子みたいなのですが」

 

 洋燈堂でドーサは出ないので、楓はいまいちわかっていない。

 

「ドーサは南インドのお菓子で、クレープのような感じかな。カレーを付けたり、チャツネを付けたり、中に具を入れたり、いろいろな食べ方ができるよ」


 調理道具を借りて、ドーサを焼いていく。ミックス粉なので、水と混ぜて焼くだけだ。

 焼けてくると、甘くて香ばしい香りが広がる。

 

「今日作った、マンゴーチャツネを付けてみたいです」

「いいね、他にもいろいろ出してくるよ」


 できたものをお皿に載せていると、染さんがココナッツチャツネやリンゴチャツネ、バターや蜂蜜などを持ってくる。

 通常、ドーサに甘いものは使わないらしいけれど、この匂いを嗅ぐと、甘いものを食べたくなってしまう気持ちはわかる。

 たくさん焼けたので、楓は色んな味を試してみようと思った。

 イドリの方は、また今度作ることにする。

 さっそく試食タイムだ。


「では、マンゴーチャツネを付けて……んんっ、ジャムみたいで甘くておいしいです」

 

 染さんはカレーの残りなども温め、持ってきてくれていた。


「昨日、カレーと一緒に出したラッサムもあるよ」


 ラッサムは、酸味の強い南インドのスープで、トマト風味や生姜風味など、多くのバリエーションがある。

 楓と染さんは二人で様々な案を出しながら、のんびりとした昼食を終えた。


 ※


 後片付けを済ませた楓は、部屋で使う日用品を買いに出かける。

 錆びた階段を降り、路地を歩いていると、反対側から見知った人物がやってきた。

 染さんの双子の弟、理さんだ。言い争う現場を見てしまったため、気まずい。


「こ、こんにちは」

 

 勇気を出して挨拶をすると、向こうも「こんにちは」と会釈してくれた。


「兄に用事があってきたのだが、ちょうど君とも話をしたいと思っていた。少し、いいだろうか?」

「あ、はい……」


 勢いに流され頷いてしまう。小心者の楓は、断ることが苦手なのだ。

 


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