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14:<金曜日> 合い掛けカレー

 バルさんと桃さんのお店に行った翌日、楓は染さんの作ったカレーを盛り付けながら、うなり声を上げていた。

 端から見れば、ちょっと不気味な光景だろうと思う。


「きれいに見せたい、魅せたい……」

 

 昨日食べたダルバートの盛り付けは芸術的で、ものすごくインスタ映えしそうだった。

 あれは、桃さんの考えたものだそうだ。

 楓は店の宣伝のために、洋燈堂のツイッターやインスタの更新も担当している。

 

(見た目を工夫することは悪くないよね)

 

 あれから、様々なカレー屋の盛り付けを研究していたが、工夫をした盛り付けのカレーはおいしそうに見える。


(写真を見て、お客さんが来てくれそう)


 というわけで、楓は自分の「昼食まかないカレー」で実験しているのだった。

 この日は、お店に出す「今日のカレー」と、「試作品カレー」の残りがあったので、型で丸くすくったライスに二種類ともかけている。

 ついでに、皿の縁におかずを並べ、ダルバートもどきにしてみた。


(かわいいかも。色もカラフルになった)


 さらに、ライスの上に薄いパパド(豆せんべい)を突き刺してみた。


(お、いい感じ? 目立って格好いい)


 染さんが気まぐれで作った煮卵も半分に切って乗せ、水菜も散らしてみる。

 写真映えしそうな合い掛けカレーが誕生した。


 今は中途半端な時間帯なので、店内に客はいない。


「楓ちゃん、かわいい盛り付けだね」

「染さん。桃さんの盛り付けを目にしてから、私も見た目を研究中なんです」

 

 味は文句ないけれど、洋燈堂のカレーの盛り付けは普通だ。

 

(集客のため、使える手はなんでも使う!)

 

 おかげさまで、客足は順調に伸びている。

 特に昼と夕方から夜にかけては多いので、染さんと「午前十一時から午後二時、午後六時から午後九時に開店時間を変更しようか?」という話もしている。

 合間の中途半端な時刻は、お客が少なすぎるので、一度閉店するのだ。

 万全に準備ができるので、営業時間は今まで以上に集中して働ける。


 店はどんどん成長しているように思える。店と一緒に、自分も成長できているような気もする。

 楓は大きなやりがいを感じていた。


 そして、以前出店を決意したカレーフェスの準備にも余念がない。

 イベントでは、普段のお皿が使えない。携帯用トレーでも、きちんと盛り付けできるよう工夫する必要がある。

 染さんと楓は、未だに、「これだ!」というメニューを考案できずにいた。

 

 ちなみに、カレーフェスには桃さんたちも出店するようだ。

 店内にポスターが貼られていたので聞いてみたところ、教えてくれたのだ。

 店で一番人気のダルバートを提供するのだと言っていた。

 桃さんたちの店は、雑誌などで紹介される有名店だ。行列ができるかもしれない。


 色々考えながら合い掛けカレーを食べてみる。


(うん。染さんのカレーは、いつも通りおいしい。二種類食べられるから、お得に感じるし。これを、カレーフェス用に提案してみようかな)


 立ち上がった楓が、口を開こうとした瞬間……

 なんとも間の悪いことに、店の入り口のベルが音を立てた。


「い、いらっしゃいませ!」


 楓は入り口へ客を出迎えに行く。カレーの考察は中断だ。

 入ってきたのは、眼鏡をかけた見覚えのある男性だった。

 

(閉店後に店の前に立っていた人?)

 

 妙に印象的な顔だったので覚えている。

 けれど、楓が席へ案内しようとすると、彼はそれを断り勝手に店の奥へ歩いて行ってしまった。


「染、いるか?」


 名前を呼ばれ、キッチンの奥から染さんが顔を出す。男性を見た染さんは、彼にしては珍しく、驚きの表情を浮かべていた。


おさむ? どうして、ここに?」


 なんと、男性は染さんの知り合いのようだ。


(そういえば……)


 まじまじと二人を観察する楓は、あることに気がついた。


(二人の顔がそっくり!)


 理と呼ばれた男性が眼鏡をかけていたせいで気づけなかったが、二人の顔は驚くほどよく似ている。

 

(雰囲気は、真逆だけれど)


 染さんはおっとり癒やし系、理さんはきっちり厳しい系という印象だ。

 実際、彼の格好は、お堅いスーツ姿だった。

 理さんは、キッチンにいる染さんに近づき、固い口調で告げる。


「まだ、店を続けるつもりなのか? 父さんが、家に戻ってこいと言っている。職場の口利きもしてくれるそうだ。いつまでも遊んでいないで、ちゃんとした仕事に就け」

「帰らないよ。ここが僕の仕事場だからね」

 

 店の入り口に取り残された楓は、緊張しながら二人の会話を聞いていた。

 席を外した方がいいだろうと思ったが、店の外は寒い上に話がいつまでかかるかもわからないため、できれば出たくない。

 しかし、店内にいる限り、二人の会話が聞こえてしまう。楓は迷った。


「いつの間にか従業員が増えているが、この店にアルバイトを雇う余裕なんてあるのか? だいたい、染は勝手すぎる! せっかく就いた仕事も辞めて、外国へ逃げて。やっと帰ってきたら、カレー屋なんて始めて!」

「父さんには申し訳ないと思っているよ。卒業までにかかった学費は、少しずつだけれど返してる」

「そういう問題じゃない。お前は長男だろう!」


 考えた末、楓は店の隅っこで、修羅場にヒヤヒヤしつつ、自らの気配を消した。

 元から存在感が薄いため、気配を消すのは楓の特技である。


(私は壁……)


 二人は、染さんの進路について話しているようだ。そして、染さんと理さんは兄弟らしい。


「今時、長男も何もないだろう。理だって、好きに生きていいんだよ?」

「俺は、お前とは違う! 染は、何もわかっていない!」


 憤慨した様子の理さんは、「また来る!」とだけ告げて、足音を立てながら店を出て行ってしまった。


(怖かった……)


 壁際で固まったままでいると、染さんが苦笑しながら声をかけてきた。


「ごめんね、変な話を聞かせてしまって」

「私こそ、すみません」

「今のは、僕の双子の弟なんだ。昔は仲がよかったんだけど、僕が海外に逃げたことを機に、あんな風になってしまって」


 楓は不安に思った。染さんの家庭は厳しいところのようだ。


「でも、僕は今の仕事を辞めたくない。たしかに、元の仕事より、お金は稼げない。けれど、やっと見つけた『やりたいこと』だったんだ。簡単に投げ出したくない」


 染さんの決意を聞き、楓は思わず口を開いて言った。


「一緒に頑張りましょう。私、このお店が好きだから、続いて欲しいです」


 楓は洋燈堂に、染さんに救われた。

 彼のために自分ができることがあるならば、なんだってしたいと思っている。

 

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