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13:<木曜日> ダルバートとモモ

 楓たちはそのあと、また別の店を回る。

 次に向かったのは、小綺麗なスパイス店だった。

 二階はスパイス店で、一階はカレー店になっている。

 洋燈堂以外のカレー店へ入るのは初めてなので、楓はドキドキしながら周りを見回した。


「ここのオーナーは、僕の知り合いなんだ。店を出すときに、お世話になった人なんだよ」


 染さんが、照れくさそうに楓に言う。

 少しして、奥から若い女性が早足でやって来た。


「いらっしゃいませー! って、染くんじゃないの。待ってたよ」


 日焼けした肌の、背が高くてきれいな人だった。染さんと並ぶと絵になる。


「こんにちは、桃さん。例のものを受け取りに来ました」

「はいよ、ちょっと待ってね。そっちの子は?」

「楓ちゃんは、うちの店の従業員です」

「あら、そうなの。はじめまして、私は桃・シェルチャン。ここのオーナーだよ」


 挨拶されて、楓は慌ててお辞儀した。


「は、はじめまして。天野楓です」

 

 桃さんは、にっこり笑った。


(すごいなあ、私より少し年上くらいなのに、二階建てのお店のオーナーなんて!)

 

 自分との落差に、嫉妬や情けなさを通り越し唖然としてしまう。

 地に足を着けて働いている彼女からは、明るく前向きな空気が感じられた。

 桃さんは、店の奥に向かって声をかける。


「アンタ! アレ持ってきて!」


 すると、奥から大きな体の外国人男性がやってきた。

 すかさず、桃さんが彼を楓たちに紹介する。


「この人、私の夫。ネパール人で、うちのキッチン担当なの」

「はじめまして、バルです。よかったら、うちでお昼ご飯を食べていきますか?」


 お店では、バルさんのおかげで本格的なネパール料理が食べられるとのこと。

 楓と染さんは、顔を見合わせた。二人の意志は同じだ。


(カレー、食べたい)


 というわけで、バルさんと桃さんのお店でお昼をいただくことになった。


「この店の黒板には、定番メニューと本日のカレーの合計四種類が記載されている。サイドメニューも豊富だった」


 中でも、とりわけ大きく書かれているカレーがある。


「ダルバート式カレー?」


 首を傾げる楓に、水を持ってきてくれた桃さんが説明する。


「旦那の故郷の料理だよ。この店で一番人気のメニューなんだ」

「えっと、じゃあ、それとホットチャイをお願いします」


 染さんも、同じものを注文していた。


「楓ちゃんは、ダルバートは初めて?」

「あ、はい。何が入っているのですか?」

「具の種類と言うより、形式の名前なんだ。ネパールの家庭料理で、ご飯と豆スープ、カレー味の具材、漬物なんかが一緒に出てくるスタイルだよ」

「ああ、定食ですね!」

「そうそう。店や家庭によって、内容は変わるけどね。ダールは豆スープのことで、バートはお米を指す言葉だよ。タルカリが具で、アチャールが漬物で……」


 店内は、カレーのよい香りが漂っている。早い時間なので、お客さんはまだいない。

 実は、カレー店の方は開店前なのだ。

 しばらくすると、桃さんが大きな銀色の皿を運んできた。


「お待たせ、これがうちの自慢のメニューだよ」

「ありがとうございます」

 

 お皿の真ん中にライスが、周りに銀色のカップに入ったダールと二種類のカレー、ダヒと呼ばれるヨーグルト、その他青菜の炒め物や漬物やソースなどが並んでいる。ライスの上には、パパドという薄焼きの豆せんべいが乗っていた。


「豪華ですね、染さん」

「そうだね、楓ちゃん。ここのダルバートはすごくおいしいよ」

 

 この日のカレーは、山羊肉カレーとチキンカレーだ。

 ライスを崩し、カレーをかけて食べる。

 周りにある野菜炒めや漬物と一緒に食べたり、パパドを砕いて乗せたりと様々な食べ方がある。

 カレーが辛ければ、ヨーグルトを混ぜるとマイルドになるし、ダールを混ぜてもおいしい。

 楓も色々な具材を入れ、味の変化を楽しんだ。


「ネパール料理では、ネワール料理とタカリ料理が有名でね。ここのご主人はタカリ族だから、ダルバートを出しているんだと思うよ。あ、ダルバートはタカリ族の料理なんだ」

「ネワール? タカリ?」

「日本人にわかりやすく表現すると、ネワール料理はネワール族の料理でおつまみ向き、タカリ料理はタカリ族の料理でご飯物って感じかなぁ」

「なるほど!」


 染さんと話をしていると、桃さんが「サービス」と言って、餃子のような料理を持ってきてくれた。

 キッチンから顔を覗かせたバルさんが、どこか嬉しそうに「モモ」という名の料理だと教えてくれた。

 

「この料理は、妻の名前と一緒の発音なのです。僕の一番好きな料理」


 モモは、バルさんと桃さんが知り合ったきっかけの料理なのだとか。

 こちらは、チベット発祥とも言われているが、ネパールでも広く食べられている料理だ。


「んっ! 野菜がいっぱいで、スパイシーですね。何個でもいけそうです!」

「そうだね。楓ちゃんが気に入っているみたいだし、レシピを研究して、うちでも出そうかなあ」


 染さんに「レシピに取り入れる基準がおかしいです」と伝えるべきだろうか。

 けれど、今はともかく昼食を楽しもうと決めた。

 バルさんと桃さんは、まだ新婚さんのようだ。二人はとても仲がいい。


「バルはインドでも修行を積んだ本物の料理人なんだ。日本で自分のお店を出したいと、私と結婚したのを機に独立することを決意して……」

 

 もともと料理も得意だったバルさんがキッチンを担当し、日本の顧客の細かい要望や好みがわかる桃さんが接客を担う係になったのだとか。

 メニューなどは二人で協力して考えているそうだ。


(なんか、いいな)


 二人を見ていると楽しそうに働いていて、適材適所という感じがする。

 きちんと料理人として修行を積み、就労ビザを獲得していたというバルさんの腕は確かで、彼の作る料理は、とてもおいしかった。

 ネパール人が就労ビザを取得する条件は厳しいので、それをクリアしている彼はすごい。

 ちなみに、将来的には永住権を取得したいとのこと。


 食事を食べ終えると、バルさんがクーラーボックスに入った肉の塊を持ってきた。

 袋に入った豆もたくさんある。先ほどの店にはなかった種類だ。

 

「染さん、私も持ちま……」

「大丈夫、大丈夫。楓ちゃんは、そっちの小さいクーラーボックスと袋を持って」

「え、あ、はい!」


 小さなクーラーボックスはやけに軽い。

 そっと中を見ると、真空パックされた謎の葉っぱや茎が入っていた。

 袋を覗くと、数種類のスパイスが見える。


(染さんは、どんな料理を作るつもりなんだろう。楽しみだなあ)


 お会計を済ませ、バルさんと桃さんにお礼を言って、楓たちは店をあとにした。

 とても充実した買い物だった。  

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