フィオナ
「一杯どうだい?ヨウ」
声をかけられて、傭兵のヨウは「ああ」と返事をかえした。
毎日の自主訓練も終わったし、あとは熱いシャワーでも浴びて明日にそなえようかと思っていた。
「汗臭いかもな」
カーキ色のTシャツがぐっしょり濡れている。
「シャワーが先だ。みんな先に呑んでてくれ」
「ラジャー」
廊下を曲がるとき、誰かとぶつかった。
「きゃあ」
「おっと」
ビフ司令官の一人娘だ。色白でそばかすがある。金髪がふわりと飾っているが、ヨウからみたらまだまだけつの青いガキだった。
「おじょうちゃん、施設内とはいえ、一人でうろちょろすんなよ。なんかあっても知らないからな」
「フィオナよ。おじょうちゃんって呼ばないで!」
フィオナは胸に抱き抱えるようにして包みを後生大事に持っていた。
「それ何?」
「教えない」
「ケチだなぁ」
「うるさい」
フィオナは、だっ、と走り去ってしまった。
鼻唄まじりでシャワーを浴びて生き返った心地になった。
新しいシャツに着替え、迷彩柄のズボンをはく。
「呑む」といっても、任務に支障をきたさない量しか呑めない。仲間とカードで賭けをやったり、馬鹿話するくらいしかできない。それでも、緊張が続く仕事の合間の貴重な息抜きだった。
近隣に採掘場があり、主にAIロボットが鉱物資源の採掘に従事していた。人間は指導員と警備員くらいしかいない。
「・・・フィオナ、か」
つい、ぽろりと口をついて言葉が出た。
「なんだ?ヨウ。新しいコレか?」
「馬鹿言え。まだガキンチョだよ」
「ロリコンの嗜好があるのか?」
「ぬかせ!」
じゃれあい程度に仲間と組み合う。朗らかな笑い声が響く。
その時。
緊急時のアラームがけたたましい音を立てた。
一瞬でみんな素面になる。
インカムを装着して、指令室と連絡をとる。
隣の採掘場から脱走騒ぎだという。
「脱走したのは?」
「新型のAIロボット10体」
「なぜ脱走したんだ?」
「事務従事タイプのロボットを肉体労働の方に回して使っていたら、ボイコットしたらしい」
口笛をヒューとやって、ヨウは面白いと思った。ロボットのくせにやるじゃん。反抗ができるということは、人間と同等だということか?
上から指示が出て、各自出動した。
傭兵は武器の他に、精神増幅装置も装着している。気力の続く限り最大限に己の力を発揮できるのだ。昔、原始の地球で、薬物で精神力を保っていた人類にとって画期的な発明だった。
AIロボットたちがおとなしく捕まってくれればいいが、反撃されたら人間の骨格以上の強度をもつサイバネティクスは脅威ともいえた。
案の定、傭兵たちはロボットたちに翻弄された。
「サイファ!」
仲間の一人が、首を妙な方向にネジ切られた。
逃げ出す者、闘おうとする者、戦況は混乱した。
武器はきかず、もう惰性でガトリングを握っている仲間。そこへ襲いかかるロボット。ヨウは思わず間に止めに入ろうとした。
「うあ」
右手を万力のような力でねじられる。
激痛にもんどりうつ。
「やめなさい」
静かな凛とした声がした。
「フィオナ?ここで何してる?早く逃げるんだ」
ヨウは声にならない声をあげた。
「人間を殺すとどこまでも追跡されるわ。それよりも自分達のいく末を考えるのよ」
フィオナの言葉に、ロボットたちは注目した。
「私を連れていって。一緒に生きていける場所を捜しましょう」
あの時の包みの中身をフィオナは頭に装着していた。
「AIと相互理解できるインターフェイスか?・・・でもなぜフィオナ?」
ヨウは驚愕した面持ちでフィオナがロボットたちに担ぎ上げられて去っていくのを見送るしかなかった。
「あれはロボットとの共存を望んでいてな・・・」
翌日。司令官がヨウに言った。
「お嬢さんを止められなくてすみません」
司令官は首を横に振り、ヨウの左肩を叩いて、立ち上がった。
「いずれ何らかの形であれは出ていったと思う」
退出していく司令官の後ろ姿を見ながら、ヨウは、右手が治ったら、まず何をすべきか考えようとした。いや、右手が治る前になにができるだろう、と。
あの時フィオナが現れなければ、戦況はもっとエスカレートしていただろう。
「俺は助けられた?」
そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。しかし、どう現実を受け止められるかで、未来は変わる。
「フィオナ。借りを返しにいつか行くよ」
ヨウはそう決意した。