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FLAT LINE PROTOCOL  作者: のがみん
第1章 どうしてこうなった
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act.05

 その日、爽太は憂鬱な気分で都内のレコーディングスタジオへと足を運んだ。

 二日前の土曜日、知り合いの音楽関係者に頼んで紹介してもらったボーカル候補……ちなみに同じ専門学校を卒業した後輩だったが、みごとに振られてしまった。

 正直言って、今回は結構いけるんじゃないかという期待感があったのだ。

 TTWのライブにも何度か来たことがあるというし、土曜日で三度目の顔合わせ――オーディションの日程を決める打合せをするつもりだった。

 それが待ち合わせ場所のバルで顔を合わせた早々「すみません、オーディションの話、なかったことにしてください!」と、頭を下げられてしまったのだ。

 知り合いと共に説得を試みたものの、後輩は店から逃亡してしまった。

 店のコップは割れるし、他の客からは白い目で見られるし、踏んだり蹴ったりとはこのことである。

 ちなみに紹介してくれた音楽関係者は今回の事情をある程度把握しており、尚且つ爽太達に協力してくれるという、有難い存在だ。

 その彼女からも「私も探してみるから、もうちょっと頑張ろうよ」と励まされたのだが――正直、かなりへこんでいた。


「江波さんが相談乗ってくれるんで、すっげ助かってます」

「私もTRASH好きだったから。むしろあのボーカルの子が抜けて良かったなって……あ、ごめんね」


 戸川信者が聞いたら湯気を立てて怒りそうな言葉だがしかし、新しいボーカル探しを始めてからというもの、この手の台詞は様々なところで何度か耳にした。

 「正直いって、TRASHには合わないと思ってた」とか「あのボーカルはバンド向かないタイプだと思うよ」とか……TTWとしてステージに立つことが多かったライブハウスのオーナーから「いくら上手いボーカルつっても、お前ら見る目ないよねえ」とはっきり言われた時は、ボーカル探しを依頼するため一緒に来ていた笹山諒平も顔を引きつらせていた。


 しかし土曜日の深夜、児嶋和由季から招集がかかった。


 ――月曜日、できるだけ空けといて


 LINEでそう送られてきた時、もしかしたらオーディションを受けてくれるボーカル候補が現れたのか?という期待感で、メンバー全員が盛り上がった。

 だが渡辺研介が詳細を問い合わせたところ、肝心の児嶋からは「何時になるかはちょっとわかんないけど、とにかく空けといて」としか返ってこなかった。

 もしかしたら現在、説得の真っ最中なんだろうか。

 爽太は単純にそう考えたのだが、遅れてLINEに目を通したと思われる諒平が「……なんだか嫌な予感がする」と、LINEでぽつりと呟いていたのが気になった。


     ※     ※     ※


「お疲れ様ですー」


 付き合いのあるバンドに「どうしても」と頼まれてレコーディングに参加したため、爽太は夕方になってから和由季が指定したスタジオへと顔を出した。

 正直言ってこのスタジオ……というか、スタジオのオーナーはあまり好きじゃない。

 和由季との付き合いが長いというのは知っているが、少し前から和由季にプロデューサー転向を勧めてくるのも、ここのオーナーなのだ。


「よう、来たか爽太」

「もしかしてオレが一番遅かったです? すいません」

「まあ気にすんな、実は俺らもまだ何も説明されてないんで、何がなんだかさっぱりわからん。俺は昼前には来たんだが、ずっとミキシングルームで何かやってるんだよあいつ」


 爽太と研介がそんな会話を交わしていると、どうやら買い出しに行っていたらしい諒平が戻ってきた。


「あ、出張お疲れ様っした笹山さん。仕事どうでした?」

「今回はいまいちだったな」


 諒平がテーブルの上に置いたビニール袋の中から適当に飲み物や弁当を取り出して飲んでいると、眉間に深い皺を刻んだ小野寺誠が、ミーティングルームに入ってきた。


「どうしよう、ちょっと児嶋さんの言ってることの意味がわからないんだけど」

「えっ何それ、小野寺さんがわかんないってどういうこと?」

「ボーカルが誰だかわからないって」

「……は?」


 誠の言葉に、全員が顔を見合わせた。


「それは――えーと、デモ音源だけ送られてきたとかそういう意味か?」

「土曜日の朝、ここで歌ってもらって音は録ったんだって。でも録れたのはほんとに、本人のアカペラだけ」

「なんだそりゃ」

「だから意味がわからないっていうの」


 諒平と研介の質問に、誠が眉間に皺を寄せたまま答える。

 おそらくは和由季から聞いたことをそのまま言っているのだろうが、まさに「意味がわからない」としか言いようがなかった。


「何をどうやったら、本人のアカペラだけ録るなんて状態になるんすかね? 少なくともオーディションやるつもりで来たなら、受ける方がカラオケ音源用意するんじゃないっすか」

「よっぽどマイナーな曲でも歌ったのか、そいつ。あるいは自作曲とか」

「いや、むしろカラオケ音源ないのが不思議なくらいメジャーな曲だった」

「誠は聞いたのか、それ」

「ついさっき」


 そこで言葉を切ると、誠は深々と溜息をついた。


「正直、今まで聞いたデモテープの中では一番良かった。児嶋さんがカラオケ音源合わせたバージョンも聞かせてもらったけど、すぐステージに立てると思う。けど全然聞いたことない声だった」

「そりゃお前――ものすごい当たりを引いたんじゃないのか?」

「えーでも顔の広い小野寺さんが全然聞いたことないって不思議じゃないですか? 小野寺さんて結構、時間ある時はあちこちのライブハウス覗いてるって言ってましたよね」


 確かに爽太が言うとおり、誠は顔が広い。

 本人は極めてマイペースな性格だし何を考えているのかいまいち判りづらい部分があるにもかかわらず、妙に知り合いが多かった。

 そんな誠が「全然聞いたことない声」なんていうのだ。

 普段から「一度聞いたことがある声なら忘れない」と豪語する誠がそういうのだから、少なくとも今までライブハウスで歌ったことのないボーカルなのだろう。


「どうもいまいち状況がわからんな」

「本人に聞けばいいでしょう」


 顔を見合わせた研介と諒平が、和由季がこもっているミキシングルームへと突進する。

 半ば呆然としながらその後ろ姿を見送った爽太は、誠のほうを振り返った。


「あのー……なんでナベさんと笹山さん、あんなにピリピリしてるんですかね?」

「児嶋さんてちょっと、バンドとか音楽のことになると周囲が見えなくなるとこがあるからじゃないの? ボーカルの素姓がわからないっていう部分は、確かに気になるし」

「えっそうなんだ……あんまり意識したことなかったっす」

「まあ普段は付き合いの長い二人がフォローしてるから」

「小野寺さんから見てもうわっとか思ったことあるんですか?」

「俺や戸川が加入した最初の頃に、まあちょっと。バンドの今後の方向性どうするか? って話し合いになった時に、児嶋さんと戸川が結構言いあいみたいな感じになって」

「マジすか……その時に戸川さんが抜ける! って言いださなかったのにびっくりですよ」

「そりゃその時は、児嶋さんの方が折れたから――あと最初の頃は、戸川も猫被ってたし。児嶋さんが折れたことにナベさんと笹山さんが驚いてたから、ああ普段は音楽に関することで児嶋さんが折れるってないんだなって察した」

「でもそこで児嶋さんが引いちゃったから、TRASHじゃなくなって――まあ、折れなかったとしても、たぶんあんまり変わらないか。今回、結局戸川さんだけ抜ける形になったわけだし」

「戸川も俺らとは計算づくで組んでたとこ、あったと思うけど。戸川はたぶん最初から、自分が一番目立つ格好で大手から声がかかるのを狙ってたんじゃないかな」

「うわー……それもまあひとつの方法ですけど……」

「あ、ラッキー、ロコモコ弁当だ。アボカドディップついてる」

「えっポキ丼あります? オレ食べたい!」

「ポキ丼はこっち」

「あ、でも先に食べちゃっていいんですかね」

「笹山さんが好きなの選んでいいって言ってたから、たぶん大丈夫」


 じゃあいただきます、と割り箸を手にした瞬間、ミキシングルームの分厚い扉越しにもかかわらず「お前は何やってんだ!」という研介の怒声が微かに聞こえてきた。


「え、なんか面倒事の予感?」

「じゃあさっさと食べとこう。俺らも話聞かないと」

「小野寺さんのそういうとこって、ほんとブレないっすよね」


 嵐の予感を覚えた二人がそそくさと夕食をかきこもうとした時である。

 ミーティングルームのドアがノックとほぼ同時に開き、スタジオのオーナーにしてエンタテイメント系のコンサルティング会社を経営している木谷明が顔を覗かせた。

 確か今年で四十歳とか言っていたが、若々しい見た目とチャラい雰囲気で、十歳は若く見える。


「うぃっす、児嶋ちゃんいる?」

「現在取り込み中」

「マジかーどうしよう、出直した方がいい感じ?」

「何やってんすか社長自ら」

「だって事務の子帰っちゃったし、他の社員忙しいし」

「児嶋さんに何の用事?」

「んー、なんかね、お客さん? 話聞くとたぶん児嶋ちゃんに用がある感じみたいな」


 木谷のその言葉に、爽太と誠は顔を見合わせ――次の瞬間、光の速さで弁当に蓋をした。


「待ってた」

「いや待って小野寺さん、先に児嶋さん呼びましょうよ」

「でも今ミキシングルームに行くのはちょっと危険な気がする」

「それじゃ話進まないっす」

「じゃあジャンケンで呼びに行くの決めよう」

「小学生かよ! どんだけ嫌なんすか!」


 などと底が読めない誠の発言に爽太が突っ込んでいる間に、ミーティングルームに足を踏み入れた木谷がさっさと、ミキシングルームに続くドアを開け放った。


「児嶋ちゃーん、お客さんだよー……って、えっごめんどういう状況? てか機材壊さないでね?」


 自由人と称される木谷が呆れ声をあげたのも無理はない。

 ミキシングルームの中央では、仁王像を思わせる憤怒の形相の研介が、和由季に裸絞をきめていたからだ。

 少し離れた椅子に腰を下ろしている諒平は、なんともいえない諦観の表情を浮かべていた。


「待って!待ってナベさんギブギブ!ほんとちょっと苦しいオ゛エ゛ッ!」

「――ナベさん、もうその辺でやめときましょうよ。この人多分反省とか絶対しないから」


 眉間に指先をあてた苦悩のポーズで諒平が声をかけ、研介もようやく腕を解く。

 解放された和由季はというと「ひどい……」と呟きながら床の上にひっくり返った。


「やだなーやめてよー、うちのスタジオで事件とか起こさないでよ? さやかさんにチクっちゃうよ?」

「……こいつの暴走癖にはほとほと呆れた、いい加減愛想が尽きそうだ」

「まーた何かやらかしちゃったの、児嶋ちゃん」


 木谷のその問いかけに、今度は諒平が口を開いた。


「初対面の人間を脅してスタジオに連れ込んで歌わせた、らしいですよ。この人の説明を総合するとそうとしか思えない……相手が警察にでも駆け込んでたら、どうなるんだか」

「えっ脅して連れ込んだってもしかして、土曜日のアレ? 早朝に電話かけてきてスタジオ使わせてくれっていってたやつ」

「お前木谷にまで迷惑かけてたのか、このポンコツ!」


 今度は研介の拳骨が和由季の脳天にヒットした。

 なんとか起き上がりかけていた和由季が「ぐえっ」と悲鳴をあげ、再び床へと逆戻りする。


「うわー……児嶋ちゃんさすがにそれはドン引きかな」

「しかも相手は最後、逃げだしたらしい。謝罪しようにも誰だかわからん、けどこのスタジオの場所は把握されてるとか最悪だろうが」

「ええーそれって警察沙汰になったら、真っ先にうちにくる流れじゃないの?」


 ……という木谷と研介の会話を耳にした爽太と誠は、思わず顔を見合わせた。

 なるほどそれならば「ボーカルが誰だかわからない」というのも無理はない。

 最低限の事情は呑み込めたがしかし、納得できるかどうかは別問題だ。


「脅して連れ込んだって、児嶋さん何やってんの」

「意味わかんないっす……」


 これはもはや、ボーカルが見つからないとかそれ以前の問題じゃなかろうか。

 爽太がそんなことを考えていると、ミーティングルームの入り口から「あの」と、声がした。


「あっ忘れてた! 木谷さん、お客さん!」

「あー……うん、この状況下でね。どうしようかね」


 ドアから一歩足を踏み入れた場所に立っていたのは、カーキ色のモッズコートを着た、背の高い若い女だった。

 癖のない黒髪をショートボブにしていてメイクもごくごく薄いので、ともすれば男に見えなくもないのだが――


(うわ、モデルみたいだなこの子)


 こんなグダグダな状況を一瞬忘れてしまうくらいには、なんていうかクールで凛々しい、中性的な雰囲気の美人だった。

 今だってモッズコートにスキニーパンツ、ショートブーツというシンプルないでたちなのに、そのままファッション誌の表紙を飾れそうだ。

 ただ惜しむらくは、メイクが薄すぎる。

 もうちょっと、ほんのちょっとルージュの色を濃くすれば、それだけでかなり印象が違って見えるに違いない。


(っていうかオレより背が高いとか……うらやましい!)


 身長一六五センチの爽太と比べると、おそらくは十センチ近く高いだろう。

 うわ隣に立ちたくない、なんて考えていると、クール美人が「児嶋さんはいらっしゃいますか?」と、問いかけてきた。

 ていうか喋るとますます、性別不明である。

 女性にしては低めで落ち着いたトーンだが、しかしいい声だった。

 と、その時である。


「あー! やっぱり来てくれた! ほら、彼が土曜の朝公園でみつけたボーカル! ちゃんと実在してるから!」

「……“彼”って児嶋さんどこ見てんすか」

「児嶋さん、この人女性なんだけど」


 ミキシングルームから飛び出してきた和由季に、爽太と誠が思わずツッコミを入れる。

 二人の言葉に和由季が「へっ?」と間抜けな声をあげ、まじまじとクール美人を見つめる。


「あ、ほんとだ……っていうか女の子だったんだ……」

「うわこの人すっげ失礼だ! 駄目な大人の典型だ!」


 和由季の背後には「お前……若い子相手に何やってんだ」とおどろおどろしい呟きを洩らした憤怒の形相の研介が、腕組をしながら立っている。

 青褪めて振りかえった和由季を見ながら、クール美人はなんとも複雑な表情で「あの、慣れてますから、気にしてません」と言った。

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