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第七話

 ボォォゥ ボォォゥ ボォォゥ


「…汽笛の音、か」


 静かに閉ざされた引き戸から目を離し、破入は眉を寄せて自嘲するように呟く。


「……くそっ」


 今度は吐き捨て、頭痛がする頭を振ると、洋服箪笥に手を伸ばして着替え始める。


「…………っ」


 …聞こえてくるのは、汽笛の音を低く、長くしたような『音』。


 数日前から聞こえてくるその音は、日増しにはっきりと、存在感を持って破入の頭に響き渡る。


 鳴り続く音が、脳内を浸食していく。

 

 それが幻聴なのか、現実に聞こえているのか、破入にも分からなくなるほどに。


「これが、親父たちが聞いた音なのか…? それとも…俺の思い込みか…?」


 呟く声も、どこからか響いてきた音に、かき消される。


 幻聴か。


 現実か。


「……馬鹿馬鹿しい」


 下らない。幻聴に決まっている。そう切り捨てれば、心なしか音が遠のく。

 やっぱりな、と一つ頷き、破入は窓に目を向け、軽く目を見張る。


「…事故か。派手に突っ込んでるな」


 窓から見下ろした先。黒い車が近くの店へ、頭から突っ込んでいた。

 直前まで、何の物音も聞こえなかったことからすると、どうやら減速もせずに突っ込んだらしい。


「……無事なのか?」


 通りがかりの人たちが慌てて駆け寄り、運転手や、店内にいた客らしき人を担いで外へと運び出していく。

 誰かが叫び、血を流した人に、布を押し当てている。


「………」


 しばらくすると、医者らしき人や何台かの馬車がやってきて、負傷者をし始める。

 現場近くは野次馬でごった返し、無数の、興奮した声が、辺りを飛び交っていく。


「……」


 最近、火事やこういった事故が多い。

 どちらも、自分たちにも有り得ることだと、特に階下にいる二人組を思い浮かべ、破入は気をつけようと、気を引き締める。


 いつぞやの、雨谷や采華が巻き込まれた『事象』。

 あれ以来、目を離すとどこかへ消えていきそうな雨谷を止めるため、また、同じくそれに巻き込まれた、複雑な事情があるらしい采華の面倒をみるために、破入は両親と共に暮らした家から離れ、ここへ越してきた。

 

 それが、あの二人が遭遇した『現実』へ、自ら介入した破入に出来る、唯一のこと。


「…馬鹿馬鹿しい」


 自惚れだと、傲慢だと、頭の冷淡な部分が切り捨て、確かにそうだと、破入は自嘲する。

 破入自身に、そこまでの力はない。出来ることといえば、せいぜい、二人が危険に巻き込まれる前に、引き止めることぐらいか。


 ことが起きては、ただの人である破入に出来ることは、ほとんどない。

 雨谷の件でそれを痛感した男は、無意識のうちに、歯を食いしばる。


 ……あの時、あの場で、雨谷を止めることができれば。あの時、采華の言うことを、虚言と断じなければ。あの時、あの時、あの時……


「破入さん」

「あ? ああ…」


 我に返った破入の耳に飛び込んできたのは、妙に透き通った声。同じ場所を回り続けていた思考が、一つに纏まっていく。


「采華か、どうした?」

「破入さん…平気?」

「ああ、平気だ。待たせたな」


 閉ざされた扉越しに、采華の声が聞こえてくる。着替えは既に終わっている。頷き、扉を開くと、俯いた彼女の姿が視界に入る。

 若干慌てた様子の破入に、采華は顔を持ち上げ、不安そうに視線を下げる。


「悪いな。でも、わざわざ呼びに来なくても、いいってのに」

「もう…三十分ぐらい経っているから…少し、心配で…」

「三十……?」


 冗談だろう、と笑いかけ、脇の置時計を確認すれば、確かに長針が正反対に動いていた。

 憶えがない時間の経過に、破入の笑みが崩れる。


「悪い。今下りる」


 普段から、ぼんやりとしてることが多い雨谷や采華を、これでは馬鹿に出来ない。

 …物思いに沈んでいたとはいえ、時間の感覚さえなくしてしまうとは、情けない。


「いいの…破入さんが…」


 幻聴に気を取られすぎだ、と苦笑し、破入はすれ違った采華の言葉を、聞き漏らしていた。


「破入さんが…無事だったから…」

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