第六話
全体が黒一色に統一された、巨大な鳥。
破入が横たわっているはずの寝台の半分を占める巨躯に、寝台と同程度の大きさを誇る翼を広げ、そこだけは黄色い嘴を開き、閉じる巨大な鳥。
妙に長く、細い首がその度にうねり、異常さを強調している。
感情のない黒い目が天井を向き、羽ばたき、突然の侵入者に対して威嚇しているのか、嘴を開閉し。
けれど、羽ばたきの音も、嘴をかち合わせた音も、何よりその鳴き声も。
黒い鳥からは、一切の音が聞こえてこない。
それ自身激しい動きをしているにも関わらず、寝台が軋むこともない。
「破入……さん…」
あまりにも日常とは掛け離れた光景を前に、固まっていた采華。
だが、やがて両手を握り締めると、異常な存在感を出している鳥へと近づいていく。
「起きて…」
一歩。
また、一歩。
采華が動く度に、黒い鳥は羽ばたき嘴を打ち鳴らすも、決してその場から離れようとしない。
「起きて…破入さん……」
「誰……だ………?」
何度目か、泣きそうな声に、返ってきたのは、低く擦れた声。
途端、鳥の動きは止まり、すうっと横へずれる。巨体が音もなく移動した様子に、采華の体が震える。
黒い鳥が退いた先、そこには、窓から差し込む陽光を受け、眩しそうに目を細めた破入がいた。
「破入さん…」
小さく安堵の溜息を零し、采華は身を屈めると、こわばっていた手を開いて破入の体を、肩を掴み、揺すり起こす。
「…采華……か?」
「そう……もうお昼…」
「昼…?」
「…下りてこないから…起こしに…」
「ああ……そうか…」
「起きて…」
辛そうな声に、けれど容赦せず、畳み掛けるように繰り返す。
「早く起きて…破入さん」
「……分かって…る」
今まで寝ていたとは思えないほど疲れた声に、けれど采華は声を掛け続け、若干の恐怖と共に、その体を揺すり続ける。
…視界の端に、置物のように大人しくなった黒い鳥を留めながら。
「今…起きる…待ってくれ…」
言い、破入は億劫そうに体を動かすと、その足を床につけ、上体を起こす。
やはり寝起きとは思えないほど疲れた表情に、どこか遠くに固定された視線。
隣にいる、異常な存在には目もくれず、側頭部を押さえてきつく目を瞑る。
「寝過ぎたか…頭痛え」
「もうお昼だから…」
「ああ、そうみたいだな…さっき寝たって感じだが」
頭を振って、立ち上がる。
それに合わせて采華はようやく体を引き、文机に置かれた時計に目を向けた破入を見上げる…正確には、いつの間にか、その背に乗った、黒い鳥を。
「………」
「もうこんな時間か。後で部品、取りに行かねえとな…」
「……破入さん」
「悪いな、采華。わざわざ起こしに来てくれてよ」
どこか必死な采華に気付かず、礼を言う。察した采華は、目を伏せる。
「そう……破入さんには…見えない……」
「どうした?」
「…ただの、独り言」
黒い鳥は先ほどまでの勢いが嘘のように、落ち着いた様子で、その長い首を破入に巻きつけている。
けども、男は気付いた様子もなく、不安そうな視線を送る采華へ手を振る。
「悪いな。着替えてから下りる」
「分かったわ…ごめんなさい…」
「いや…俺の方こそ悪かった。助かった」
謝る采華に、目を瞬かせ、謝り返す破入。
「いいの……いいのよ…」
「ありがとな」
「ええ…」
破入の軽い礼に頭を下げ、采華は部屋を後にする。
「……またか」
…閉ざされた扉から、微かに、疲れた声が漏れ聞こえた。
粗筋、変更いたしました。一行分、多くなりました。
ですが、どうにも、しっくりこないので、二度、三度と変更するかもしれません。