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第五話

「破入さん…」


 階下よりもさらに静寂が増している二階、采華たちの部屋がある、居住部。


 そこを、采華の控え目で透き通った声が、通り抜ける。


 采華が歩くたびに、かすかに軋む木製の床。立ち止まると、その音も無くなり、静かな、静かな空間となる。

 どこからか穏やかな風が通り抜け、采華が手を伸ばしていた扉を揺らす。


 柔らかい日差しが廊下の窓から差し込む。明るく暖かい空間が、そこにはあった。


 けども。


「破入さん、起きて」


 二階にある部屋の一つへ、声掛ける采華の表情は硬い。

 伸ばした手も、扉の引手にかかったまま、動かない。


 引き戸に、鍵穴などはない。証拠に、戸は少し動かされていて、隙間が生じていた。


 けども、采華はそれ以上動かない。

 

 …動けない。


「………」


 嫌な予感に、動けない。


 この先の部屋に立ち入ってはならないと、先にある光景を、見てはならないと、全身が警告しているために。


 しばしの静寂。


 階下の、かすかな物音が響いてくるだけの、静かで、穏やかな空間。


「………」


 さらにしばらくして、采華は覚悟を決めた様子で、頬を引き締め、一歩、踏み出す。


「…入るわ…破入さん…」


 自分へ言い聞かせるように呟き、采華の白い手はゆっくりと、確実に、渋い色合いの引き戸を開いていく。

 大した抵抗も無く、引き戸は動いていく。


「……」


 いつの間にか下がっていた視界に、日に焼けた畳が目に付く。

 少しずつ、少しずつ。

 意思に逆らい、頭を持ち上げていく。


 右手に空洞が目立つ本棚。その奥に、黒い文机と、窓が続く。

 左手には、寝台が置かれ、その上には……


「っ」


 ソレを視界に納めた采華は、思わず後ずさる。


 同時に、見られたことに気付いたソレが、弾かれたように動き、口を開け、その頭が天井を向く。

 

 だけども、破入の部屋は不気味なほどの静寂に包まれている。目の前で、ソレが激しく動いているというのに、耳が痛くなるような、静寂に包まれている。

 ただ一つ、采華の、自身の心音だけが、五月蝿いほどその存在を主張しているだけで。


「破入さん…起きて、破入さん!」


 精一杯の声量で叫ぶも、采華はその場から動くことができない。

 采華の視線の先、破入の寝台に鎮座する、あまりにも巨大な、黒い鳥の存在があるために。

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