第参話
翌日。
「……ですって…」
「…らしい………けれど……」
生憎の雨で、客足が遠のくカフェ。普段以上に静寂に満たされた空間で、微かに聞こえてきた声。
今日も今日とて、カフェに併設された場所で作業していた、破入の意識がふと、浮上する。
「…不審火なのかしら」
「噂だと、そうらしいわあ。最近多いわねえ」
「ええ、ええ」
どこからか、漏れ聞こえてくる、ご婦人方の会話。
耳を傾けながらも、破入の手は滑らかに動き、分解された黒電話、その断線した箇所に、半田ごてをあて、取り除き。代えのケーブルを手にし…黙々と修理していく。
「昨日は、丁度この時間ぐらいに…」
「まあ怖い。家が気になって…」
ボォォゥ ボォォゥ
「……っ」
怖いと言い合う声を掻き消すように響く、重低音。瞬間、昨日の記憶が甦り、破入の手が滑る。
危うく半田ごてで火傷しそうになったことと同時に、聞き間違えようがない音に、手は震え、額から冷や汗が垂れていく。
「破入…?」
そんな、突然動きを止めた友人の異常に、カウンタ兼レジに立っていた雨谷が気付く。
依頼された品を修理、調整し終えるまで、動きを止めず、加えて、外の雑音を一切排除するような男であるのに、今日は何故か、引きつった顔をして、手元を凝視している。
「…どう、したんだろう…」
ちら、と客が近くにいないのを確認し、雨谷は友人へと目を向ける。
すれば、昨日と同じく破入は大きく頭を振ると、きつく目を瞑り、また、作業へ戻る。
…今までにないほど、必死なほど必死に。
明らかに不自然なその様相に不審を覚え、一歩踏み出そうとした雨谷。
その耳に、異音が飛び込んでくる。
「…奥様、何か聞こえません?」
「本当…消防車の音かしら」
「まあ見なすって。近づいてくるわ」
少ない客の全員が、その特徴的な音に気付く。会話が途切れ、各人、近くの窓から外へと目を向ける。
雨降りしきる中、広い道路に、傘をさして歩く人々。そのうちの何人かも、異変に気付いて顔を持ち上げ、指を刺す。
「火災…?」
雨谷も気付き、目を向ける。
その頃には、やや離れた場所にある建物から煙が出ていることに、大部分の人間が気付き、凝視している。
何人かは救援に向かおうとしてか、はたまた野次馬か、雨に濡れるのも厭わず、小走りで現場の方向へと向かっていく。
「まあ、怖い」
「ええ、怖いわあ」
ご婦人方の囁きを背後に、雨谷は窓越しに、空を見上げる。
「………」
雨の中でも分かるほど、はっきりとした黒煙が立ち上り、赤い火が伸びていく。