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数日後。
「久しぶりだな。息災か?」
「ああ……」
広いとはいえない部屋で、破入と、彼にどこか似た男が顔を合わせていた。外は明るく、かすかに子供たちの声が聞こえてくる。
「あれからどうだ? 何か不便はないか?」
「特には、ねえな」
「友人の家に居候しているのだったか。色々と気遣うことも多いんじゃあないのか?」
「そう、だな」
人懐こい笑顔を浮かべた男に、訪ねてきた破入は歯切れ悪く答える。
「苦労しているようならば、私のところに来ればいい」
「ここか…」
「そうだ。兄弟なら、気兼ねすることもないだろう?」
「……ああ」
問いかけに、それが何度も続けば、さすがに男が不審を抱く。
「さっきからどうした。顔色も悪いな」
「なあ……」
破入が今まで下げていた頭を上げれば、思いつめたような、覚悟を決めたような、そんな表情が、目が、男を射抜く。
その、鋭い視線を受け、男は破入を心配するように、少し、身を乗り出す。
「溜め込んでいても、何も解決しないだろう。私なら構わない、問題があるのなら、遠慮なく言ってくれ」
「そうか……なら」
男の言葉を受け、破入は立ち上がると、一転して眉を吊り上げ拳を振り上げ。
「殴らせろ」
「……っ!」
男に振り下ろす。
予測もしていなかった拳は、男の頬にめり込み、その勢いで痩身が床に倒れこむ。
「い、一体何を…」
「なあ、あんた……誰だ」
破入は震える声で、倒れこんだ男の襟を引っつかむと、問い詰める。
「誰、だって? 私は…」
「俺に、兄貴なんざ、いねえ」
「……」
言いかけた男は、一言一言区切るような破入の言葉を聞いて、押し黙ると、俯く。
その反応で確信し、破入は襟を掴んだ手に力を込める。
「いるのが当然だと…どうして思ったのか、俺にも分からねえ。だがな、ついこの間、諸々の手続きをしてて、気付いたんだよ…」
兄弟など、どこにも存在しないことに。
「思わず、役所の人間に確認とるぐらい、どうかしてた…だが、事実だった」
「………」
「俺にはな、兄貴なんざ、いねえんだよ」
「………」
「……答えろ」
お前は、誰だ。
今にも喰らいつかんとする目に、眼光に、掴まれた男は伏せていた顔を持ち上げると。
後日譚其ノ壱




