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第弐拾話

「あの爺さん、時計しかもってこねえ。俺のことを、時計職人と勘違いしてねえか…?」

「似たようなものじゃないか」

「違う。お前も勘違いしてるようだが、まず内部の構造からしてだな…ああ、頭が痛え…」


 わざとらしく頭を押さえる破入に、返ってくるのは笑い声。


「お疲れ様。何か飲むかい?」

「いや…水、頼む」

「うん」


 どこか投げやりな注文に頷くと、雨谷は笑いながら棚からコップを取り出し…


「うわっ」

「おっと」


 足元を滑らせ転倒しかけたところを、破入が危うげなく支える。


「平気か?」

「う、うん…助かったよ、破入」

「これぐらい大したことは……おい」


 慌てて立ち直り、謝る雨谷には首を振ると、破入はカウンタまでやってきた男を睨みつける。


「わ、悪い! つい手が滑って…」

「ったく…」


 小走りで二人の下へ駆け寄ってきたのは、シワがよった服を着た男。

 その手には小さな硝子玉が握られており、そのいくつかが、床を転がっていた。

 どうやら、その一つがカウンタと床の境目から滑り込み、雨谷が踏みつけて転倒しかけた…ということらしい。


「でも、ほ、ほら見てくれ! このガラス玉を! 綺麗だろうっ? ウチの工房の新技術で近々…そうだ! お詫びに、采華さんにコレを…」

「おい、詫びる相手がちが…」

「いいよ、破入」


 軽い謝罪に、反省を見せない男。

 何かを思いついた様子で、壁で控えていた采華へと向かうと、懐から首飾りのような物を取り出して、それを前に話し出す。

 突然話かけてきた男に困惑した様子の采華は、けれど、おずおずと差し出されたモノを受け取ると、頭を下げる。


「あいつ、采華と話したかっただけじゃねえか…雨谷、いいのかよ」

「僕はいいよ。破入のお陰で、怪我もなかったからさ」

「まったく。あの野郎…」

「はい、水」


 男を庇ような発言をした雨谷は、そのまま水が入ったコップを破入に差し出す。

 破入は冷えたそれを受け取ると、カウンタへ置き、しゃがむ。そして、雨谷が転倒しかけた原因となった赤い硝子玉を拾いあげる。


「お前もお前だ。足元、気をつけろよ」

「うん。破入、有難う」

「ああ」


 言うだけ言うと、破入はコップを傾け、一気に中身を流し込んでいく。

 それを何気なく見ていた雨谷の脳裏に、あの時の光景が浮かび上がる……血の色をした杯を、赤黒い液体を、傾け、飲み込んだ、あの光景を。


「………」

「さて…どうした?」

「…なんでも…」


 破入の首まで垂れた、黒く赤い液体。その匂いまで蘇り、雨谷は気を逸らそうと、慌てて話題を探し。


「なんか…そう、破入、分かっていたみたいだった…」

「分かってた? 何を?」

「僕が、この硝子玉に足を取られて転ぶこと…」


 結局、詰まらない、どうでもよい話題を口に出した。

 本当に大したことのない、長続きしないような内容に、けれど、破入は目を逸らすと、首を引っかき始める。


「ごめん、どうでもいいこと言って…」

「…まあ…音が……声が…聞こえたからな…」

「え? なんだって?」


 小さい小さい声。思わず聞き返すも、破入はそれを無視する。


「なんでもねえ。さて、と。休憩は終わりだ」


 わざとらしく伸びをし、破入はそれ以上を聞かれることを避けるように、作業場へと去っていく。

 珍しく逃げるような態度を取る破入に、雨谷は首を傾げるしかない。


「僕、変なこと…言ったかな…」


 その疑問も、突然降り出した雨から逃れるため、やってきた客の相手をしているうちに、忘れ去っていった。

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