表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/23

第壱拾五話

 姿見に映し出されたのは、頭を下げた、着物姿の女性、その後姿、のはずであった。

 だが、雨谷の目には……全身から、無数の羽が飛び出た、人のようなナニカが映し出されていた。


 赤い着物から無秩序に飛び出した、黒く大きな羽。女性の、塗れ羽のような髪からも、それが飛び出し、無残な姿を映し出している。


 鏡から目を離せば、頭を下げたままの、着物姿の女性が。


 鏡に目を向ければ、全身から黒い羽が突き出た異形の女性が。


 どちらが本当の姿なのか。


「…けれど……あなたは…もう…」


 雨谷と同じモノが見えているのか、いないのか。


「………」


 変わらぬ采華の静かな声に、かすかな声が返ってくる。

 うめき声のような、すすり泣く声のような。

 尋常ではない異形の姿を前に、驚いていた雨谷も、その声を耳にし、一転して哀れむように女性を見やる。


「…もう…なりかけて……なりかけで…」


 再度の、采華の声。一層、女性の、声にならない声が強くなる。

 そして、胸が痛むような音を出しながら、女性は、ゆっくりと、黒い、長い、髪を、顔を、持ち上げていく。


「ああ……」

「……」


 二人が見た像では、黒く塗りつぶされていた女性の顔。それが、二人の前にさらされた。


 無数の羽が、突き刺さったようにしか見えない、顔が。


 目も鼻も、耳も、口も。何もかもが大きな黒い羽に覆われ、元の姿など想像も出来ない。

 それでも、女性は動き、肩を震わせ、声を上げる。悲しみと悔恨と、助けを請う声を。


「………」

「……」


 雨谷も、采華も、何も返せない。深い想いを宿した声に、何の言葉も返せない。

 異形と化していた女性は、恐怖ではない感情を持った二人の反応を前に、音を止める。

 次いで、すっと立ち上がったかと思えば、空間の奥へと向かう。


 そこに現れたのは鉄扉。

 黒々とした重厚な、鋼鉄の扉。それに手を掛け、押し開いていく。


「あ、有難う…」

「………」


 黒く艶のある扉が、鈍い音を立てて開かれていく。開けた空間は、更に薄暗く、長く続いている。

 扉を開き着きった女性は、動かない。

 采華と雨谷はそれぞれの表情で女性に礼をいい……采華は、女性に歩み寄ると、自らの手を、黒い羽が飛び出た手へと重ねる。


「あなたは……」


 じっと、顔を見つめ。強い光を湛えた目を、黒羽に侵食された顔に向け、小さく、けれど強く言葉を続ける。


「………」


 かすかな声に合わせ、采華の背後で、雨谷も強く、頷く。

 すれば、着物の女性は身を震わせ。


「…と……う……」


 かすかな声が聞こえたと思えば、直後、その顔が崩れていく。

 砂が流れていくような音と共に、顔が、首が、肩が、胴が……采華が握り締めていた手が、足が。

 全てが黒い羽となり、床へ積もっていった。


「…………」


 全ては一瞬のこと。

 手を下ろし、女性の成れの果てである羽の山を、じっと見つめる采華。そっと、雨谷がその腕を掴む。


「雨谷さん…」

「………行こう」


 振り返った采華に頷いてみせ、雨谷は、広がる闇に足を向けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ