第壱拾参話
電球の、低い音が、雨音に混じる。
人気もなく、ただただ薄暗い通路が続く。
まるでどこかに迷いこんだような、夢に迷い込んだような世界を、実際にそうであるかもしれない世界を、雨谷と采華は二人、手探りで進んでいく。
「采華さん…何か…見える?」
「いいえ……何も」
「そう…破入…無事で…いてくれ…」
「………」
呟き顔を上げる雨谷。顔を伏せる采華。
その二人の耳に。
何かが、落ちる音が、聞こえた。
「え……」
呆然と呟いたのは、雨谷。
顔を上げていた雨谷は、目の前で起きたことが理解できず、呆けたような声しか出てこない。
「これは…」
他方、顔を伏せていた采華は、音と同時に床へ落ちてきた本に気付くと、前へ出る。
動かない雨谷を追い越し、それを拾い上げると、戻ってくる。
「…古いものでは…ないみたい」
「……」
呟く采華は、その本、大学ノートの中身を確認しようと、ゆっくり頁をめくる。
一方、雨谷は、前方を凝視したまま、立ち尽くす。
采華が手にした、大学ノート。
それは、雨谷が見ている前で、黒々と続く通路、そこから現れた…白い手が落としていったもの。
肘から先だけが忽然と現れ、掴んでいたノートを落とし。
瞬きした時には、既に跡形も無く。
「………っ」
改めて思い返し、背筋が凍りつく。
今の手は、なんなのか。
自分は一体、何を目にしたのか。
「………」
「………」
黙々と大学ノートを読み進めていく采華と、前方の空間を凝視したままの雨谷。
やがて、静かにノートが閉ざされ、雨谷は、はっとしたように、采華へと目を向ける。
「何か……書いてあったかい?」
「羽が見え……声が聞こえ……意思が混じって……生まれ…代わる…」
「うん…?」
謎めいたことを呟き、采華はノートを持ったまま振り返る。
「先へ…急ぎましょう……雨谷さん」
「……ああ」
憂いの中に焦りを帯びた様子に、雨谷は頷いた。




