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第壱拾弐話

 引き戸を開けた先に続いていたのは、つい先ほど目にした、玄関口のような空間であった。

 少しの段差があり、衝立が置かれている。空間の左右には木戸があり、各々、通路に繋がっていると分かる。

 左手に崩れかけた靴箱があるも、中には黒い羽が散らばるのみ。


 喘鳴のように点滅を繰り返す橙の灯りが、それらを薄暗く、不気味に照らし出していた。


「ここは…」

「そう…雨谷さんが…見た、場所」

「どうして、それを?」


 どことなく薄気味悪い空間の中、問いかける雨谷に、並んで立つ采華は目を伏せて答える。


「雨谷さんを…止めようとした時に……見えて…」

「止めようと……? 僕は、破入を起こそうとしたら、突然この場所が見えて…それなら…」


 破入はここにいるのか、という視線に、確信を持って頷く采華。


「それなら、早く見つけて…」

「待って……」

「どうして? 破入が、ここにいるというなら…」


 急く雨谷に対し、采華はすっと、左右へ目を走らせる。


「雨谷さんが見た…女性が……いないわ…」

「女性…あの、髪の長い女性のことかい?」

「………ええ」


 雨谷が見た像の中に存在した、唯一動いたモノ。薄暗い中でも分かる、赤い着物の、黒く長い髪の女。

 …但し、その顔は、何かに塗りつぶされたかのように暗く、確認することはできなかったが。


「あの人……雨谷さんを見て…」

「そうだ…僕を、睨みつけていて…」

「……」


 二人の記憶の中では、女性の顔は黒く塗りつぶされていた。

 が、それであっても、雨谷は女性の苛立ち、嫉妬、そして悔恨を、感じていた。強く、強く感じていた。


「でも…」


 確かに、理由が分からないまでも、敵意をぶつけられてはいた。けども。


「破入を…探そう」

「けれど…」

「采華さん。破入は僕を、僕を助けてくれたんだ。あの場所に、一人で…助けに…来てくれた」

「雨谷さん…」

「そして、僕は助かった。助けられた」


 だから、と雨谷は意を決した様子で、段差に足をかけて、何が待ち受けているのか知れない場所へと、踏み込む。


「……」


 振り返った雨谷に、采華は黙ったまま続く。

 一段高くなった視界の中、ふと端に、額に飾られた古めかしい地図が映る。


「どうも、ここの地図みたいだ…左右、どちらでも…行き着くところは…同じ、か」

「………」


 同じように地図に目を通していた雨谷の指摘に、采華は顔を伏せると、まずは右へ、次に左へ顔を向ける。


「右へ…行きましょう」

「右だね。分かった」


 思わず左へ吸い込まれそうになる足を、意思の力で転換する。雨谷が右の木戸を開き、采華を待つ。


「…大丈夫かい?」

「平気……」


 気遣わしげな視線を、首を振って拒否し、采華は足を動かす。それを見て、雨谷も先へと進む。


 先ほどまでいた廃屋とは違い、こちらは、それなりに手入れされている様子が見受けられた。

 一様に薄暗い灯りに照らしだされた屋内は、渋い色合いの床や梁をさらけ出し、障子や襖も、古くはあるが、朽ちた様子はない。


 黒い羽が積もっているのも変わらない。

 けれど、その量は明らかに増えており、いたるところが黒い羽で覆われている。

 また、柱のいくつかや、隙間から見える部屋のいくつかに、何かの引っかき傷のような、切り傷のような、深く鋭い傷がついている。


「………」

「………」


 異常な空間に、異常な内部。

 そこから発せられる無音の圧力に、自然、二人は押し黙り、静かに歩みを進める。

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