第壱話
主な登場人物の読み方は以下の通り。
雨谷:あまがい
采華:うねはな
破入:はにゅう
上記に加え、人物描写等、説明不足な部分が目立つとは思いますが、よろしくお願いします。
「汽笛の…音だって?」
破入は訝しげに呟くと、眼前の、どこか自分に似た顔をまじまじと見つめる。
「そうだ。父さんたちの話ぶりじゃあ、近くに汽車が通ったような感じだったが…」
「いや…そんな話は…」
眼鏡をかけた、温厚そうな顔は、破入の鈍い反応を前にして、眉を寄せる。
その眼鏡に光が反射し、困惑した破入自身の顔が映りこむ…よくよく目つきが鋭い、睨み付けられている、圧力を感じる等、良い方向に評価されたことがない顔。
「そうか? 気付いたら、音が聞こえると聞いたぞ」
「…汽車、なあ。駅舎は大分離れたところにはあるっちゃあるが…家の近くで、そんな音は聞こえねえ。少なくとも、俺は聞いた覚えがない」
「なるほど。父さんたちの、気のせいか」
「だろうさ…二人して、汽笛がどうこう言ってたのか?」
「ああ。不思議な音だねえ、そうだなあ、とか相変わらずの調子でさ」
声色を真似すれば、苦笑が返ってくる。
「兄貴のところでも、そんな調子だったのか」
「そうさ。いつもの調子、だ。仕舞いには、お土産、家に置いてきたから、近所の店から菓子を買ってきて、さあどうぞ、さ」
「はあ…いつも通りだったんだな…」
「大方、何かと聞き間違えたんだろうな」
実家では一度も聞こえなかった音について、そう締めくくり。
破入の眼前に座る男は、ところで、と話題を変える。
「聞いた話じゃあ、お前、家を出たらしいな」
悪戯めいた目を向けられ、破入は慌てて首を振る。
「おいおい! 家を出た、だなんて人聞きが悪いぜ。偶々、友人がカフェをやってて、俺はその上の部屋を間借りしてるだけだ」
「なんだ、そんな理由か…しかし、お前にそんな友人がいるとは。魂消たよ」
「爺さんの遺産でとか言ってたか。それもあったが、流石にあの家で兄貴と二人は、辛いしな」
「確かにその通りだ」
重々しく頷く男。次には顔を見合わせ、男と破入は揃って笑う。
「毎朝、一番にお前の仏頂面を見るのは、耐え難いものがあるな」
「俺も、寝起きが最悪な、兄貴の世話をしたくねえよ」
二人はひとしきり笑いあうと、笑顔を引っ込める。そして、破入が兄と呼んだ男は安堵の溜息を吐く。
「その様子なら、平気そうだな」
「ああ。心配かけて悪い。こっちもまあ、よくよく行方不明になる友人やら、家出少女やらの相手で、落ちこんじゃあいられないんでな」
「…すごい字面だが、賑やかそうで結構なことだ」
二人の顔を思い浮かべてか、疲れた、けども活力に満ちている顔の破入を確認し、男は安心したように、一度、もう一度頷く。
そして、先日、両親を揃って亡くした、破入へと労わりの声を掛ける。
「とはいえ、何かあれば遠慮することはない、頼ってこい。お前は、がさつで無神経で大層世話焼きだが、自分の問題だけは他人に押し付けず、一人で抱え込むからな」
「酷いぜ、兄貴。そりゃあ言い過ぎだ」
容赦なく言い放つ男。けども事実なだけに、破入は言い返せない。
誤魔化すように笑う破入へ、今度は若干真剣みを帯びた顔で、破入にとって唯一の肉親である男は、繰り返す。
「いいか、月並みな台詞だが、何かあったら私に相談しなさい。それが難しいならば、他に頼れる人に相談しなさい。いいね?」
「分かった、分かってる」
誰かを思い出させるような言い回しに、圧力。渋い顔をしてそれを受けた破入は、逃げるように立ち上がる。
「おっと、時間も時間だ。ここらで帰るか」
「全く。子供の時と何も変わらないな、お前は」
「言いっこなしだ」
都合が悪くなると、逃げようとする癖。
溜息を吐いて、けれど破入の行動を止めることなく、男は素直に送り出す。
「気をつけて帰るんだぞ」
「ガキじゃあねえんだから、言ってくれるな」
「ガキだよ…私にしてみれば」
「へいへい。兄貴には敵わねえな、っと」
子供のように言い捨て、それでも破入は兄と呼んだ男へ手を振り、去っていった。
※あらすじはイメージであり、また、本文と併せて、予告なく変更する場合があります。