第三章 友達
学生にとって昼休みというのは人間関係を如実に現す時間だといえる。それはこの私立和桜女子高校でも同じであった。そして最初は転校生の美咲に興味津々だった私立和桜高校二年D組の生徒達はこの時間美咲のことを遠巻きにしていた。朝に佐藤に対して言った言葉が尾をひいているのだろう。女子校生という生き物は言葉の裏を読む生き物だ。美咲の言葉に佐藤への悪意がこもっていたことに気がついたのだろう。朝の発言はクラスメートと美咲の間に深い溝となっていた。それは計算したわけではないが、美咲にとっては好都合だった。周りの人に絡まれず、行動がしやすい。
早速美咲は行動した。西園寺に声をかけたのだ。
「西園寺さん。学食の場所教えてくれる?」
「い、いいですよ」
西園寺はびくびくしながら承諾した。周りの生徒に見られながら、美咲と西園寺は廊下にでる。掃除の業者が優秀なのか、生徒の質がよいためか、理由はわからないが廊下は清潔に保たれていた。その廊下を上履きをきゅっきゅっと鳴らしながら歩く。昼休みのため同じ階にあるA組やB組、C組の生徒も廊下を歩いていた。生徒の雰囲気はD組とさしてかわりやしない。良く言えば落ち着いている、悪く言えば覇気がない。この学校の特色でもある。
「西園寺さんも学食で食べるの?」
「は、はい」
「いつもなの?」
「そうですね。親が共働きなのでなかなか作ってくれる時間が
なくて…」
「そうなんだ」
「杉野さんはどうして学食何ですか?」
「うちも同じだな」
二人の間に沈黙が落ちる。教室から学食までそんなに遠い距離ではない。大体二、三分でつくだろう。美咲は沈黙を苦にするタイプではない。このまま黙ったままいっても良かったが西園寺は沈黙が嫌だったのだろう。慌てて声をかけてきた。
「あ、あのどうしてこの時期に転校何て?」
まさか本当のことを言う訳にもいかず決めた設定通りに話す。
「両親の仕事の都合」
「て、転校してくるなんて頭いいんですね」
「君ほどじゃないな」
どうしようもなく皮肉な気持ちになって思わず呟く。西園寺は目を白黒させて戸惑った。美咲はとりあえずの理由を教えてやる。
「先生から聞いた。学年首席なんだろう」
「い、いえ。そんなことは…」
「ノートも見やすかった」
教室のある3号館校舎から一旦出て学食のある2号館に入る。食券機にあるメニューから美咲は好物のミートソーススパゲッティを選んだ。西園寺も味噌煮込みうどんを選んだ。二人は食券を調理場にいる中年女性にわたすと恰幅のよい陽気な女性が二人に要望のものを手渡した。そして二人は二人分空いている席を探して座った。
昼休み真っ只中だというのにあまり混んでいない。空席率三割程度か。空席率が高いのは広いから、と言う理由もあるのだろうが弁当を持ってきている生徒の多さが何よりの原因だろう。
席に座り二人で食べていると西園寺が美咲に話しかけてきた。
「あの、佐藤さんにノートのことを謝ったほうがいいですよ」
「どうして?」
「だ、だって佐藤さんの断っちゃったんでしょう」
「謝る程のことじゃないだろう」
「でも…」
「西園寺さんのノートの方が見やすそうだったから西園寺さんのを借りただけ」
「あの、勘違いしないんでほしいんですけど、佐藤さんだって悪い人じゃないんです」
「それはクラスの様子見てれば分かる」
それは偽りのない言葉だった。佐藤はクラスの中心人物らしく、授業中も巫山戯たりしていた。しかし授業妨害と言うほどのものではなかった。むしろクラスの人達も飽きてしまいそうな授業を混ぜ返してくれて助かっているように感じた。クラスの好感度も高そうだ。何より転校生にノートを貸そうと話しかけてきた来たとき彼女は明らかに善意のみで動いていた。
唯一気になったのは西園寺への敵愾心だけだ。
「でも、いい人だからってそんなこには何も意味が無い」
「意味が無い、ですか?」
「だって西園寺さん、佐藤さんに嫌われてるだろう」
美咲の言葉に西園寺は顔を強ばらせた。
「世の中、善人だからって善行を積めるわけじやない。良かれと思ってやったことが最悪の結果になることだってある。悪人が善行を積むことだってあり得る。だから人生で重要なのは相手がいい人か悪い人かではなく、自分にとって有益か有害かだ」
「有益か有害か、ですか」
「でも誰かを嫌いになることは悪いことではない。敵意は向上心に繋がることもあるだろうしな。だから君は佐藤さんを嫌いなことに罪悪感を持たなくていい」
「罪悪感なんて、そんな」
「あるんだろう。だからフォローしたんだろうが」
「そ、そうですね」
西園寺は少し気圧されている様子だ。美咲も少し語り過ぎたと思った。美咲は学校という特殊な空間に酔っているのかもしれない。
「あの、有益か有害かに人間を別けるって言いましたよね」
「ああ、言ったな」
「私、有益か有害か以外の別け方があると思うんです」
「?」
「どんなに迷惑をかけられても苦にならない、一緒にいるとそれだけで嬉しい存在。そういうのを友達っていうんだって教わりました」
「ああ」
「私と友達になってくれませんか?」
そう言う西園寺の声はどこまでも真剣だった。顔を赤く染めている理由は今回は恥ずかしさで間違いないようだった。