第三十一章 逃走
まっさきに反応したのは杉野だ。
「作戦通りにいくぞ」
二十五番に冷たく目を向ける。十人中十人が冷たい目というだろう。しかし西園寺のめには杉野が少し悩んでいるように見えた。気のせいだろうか。
「了解、了解」
二十五番は軽やかに答えた。彼女の表情は西園寺からは見えない。しかしきっと笑っているのだろう。なんとなくそう思った。
ばんと後部座席に座っている杉野がドアを開けた。そのまま隣に座る西園寺の手を握り、引っ張る。
「行くぞ」
「えっ」
運転席に座る二十五番が急ブレーキをかけた。
「うわあ」
うろたえ、声を上げる西園寺と異なり杉野はポーカーフェイスを崩していない。西園寺の手を引き、走り出す。車道にでて、右手にある森に向かってひたすら走る。と、そこに。
ぱん。ぱん。
今まで全く聞き覚えのなかったのに、西園寺はその音の正体がわかった。銃声だ。思わず後ろを振り返りそうになる。
しかし、それを杉野が止めた。
「後ろを振り返るな」
鋭い言葉などではない、むしろ懇願するような言い方だ。あまり頼もしい感じもしない。きっと杉野にとってもこの展開は予想外なのだろう。しかし西園寺はその言葉に従おうと決めた。杉野に協力したいと思ったのだ。
誘拐された人間が誘拐した人間に対して同情的になり、好意を抱くことをストックホルム症候群という。きっと外の人間から見たら、自分のこの感情をその名前で呼ぶ人もいるのだろう。
しかし違うと西園寺は思いたかった。
響く銃声を無視して、西園寺たちは走った。暗くて先も見えないような森に向かって二人は走った。
(あれ、二十五番さんは一緒にこないのかな?)
西園寺は頭の片隅で疑問に思ったが、質問するような余裕はない。不安の要素はたくさんある。しかし西園寺にできることはただ杉野に握られた手を強く握り返すことだけだった。




