第二章 転校生
「転校生の杉野美咲です。…よろしくお願いします」
ぶっきらぼうに美咲は言って軽く頭を下げた。興味深そうな四十二の瞳が美咲を見つめていた。この私立和桜女子高校は県内御三家とよばれる名門女子校で、厳しい校則で有名だった。彼女達の多くは家と学校の往復をするのみの生活であった。そして真面目な女子生徒しかいないこの学校において何かしらの刺激的な事件が学校で起こるはずもなかった。そして彼女達和桜の生徒はそんな代わり映えのない日常に倦んでいた。
そんななか転校生というのはこの学校の生徒にとって格好のゴシップネタだった。高校生くらいの女の子というものは本来噂好きなものである。餓えたライオンの前では痩せ細った兎でさえもご馳走に見えるものだ。一般的な高校生よりも、彼女達は転校生というネタに食い付きやすかった。彼女達は美咲への好奇心を隠せないでいた。
「空いてる席は、西園寺の隣か。よし、西園寺のとなりに座れ」
美咲は緩く頷き、先生に指差された西園寺の隣の席に向かった。美咲は西園寺の顔はもちろん渡された資料でこのクラス全員の顔と名前くらい把握していたがそんなことおくびにださないように気を付けた。
先生が朝の挨拶などをすませて出ていった。御三家といわれるような高校でもホームルームは他の学校と遜色ないようだ。廊下は走る生徒が最近多いとか朝の挨拶運動に返事をする人が少ないといった注意事項なのか叱責なのかよくわからないことを言って担任はさっていった。それを見計らい美咲は行動しようと考えた。
「あの、西園寺さん」
と美咲は西園寺に声をかけた。故意か偶然か、美咲はターゲットと隣の席というポジションを手に入れることができた。理由はともあれ、美咲はこの幸運を全力でいかしていこうと思った。しかし声を掛けられた西園寺は、まさか美咲の心の中が垣間見えたわけではないだろうが一瞬脅えたように見えた。
西園寺の外見はは染めたことなど一度もないような綺麗な黒髪を2つの三つ編みにした外見から真面目そうな印象が伺える。黒縁の眼鏡もその真面目そうな印象を後押ししている。黒目がちの大きな瞳は兎や子猫といったものを連想させる。そんな彼女小動物なみに美咲の声に全身で警戒している雰囲気をだした。
美咲の言葉にいたく驚き肩をゆらした西園寺は答える。
「な、…何ですか?」
「ノート見せてくれない?」
「あ、はい。すみません」
謝る必要はないだろうと美咲は思ったが指摘するのはやめておいた。さらに恐縮してしまいそうだ。
「謝らなくていいじゃーん。相変わらずだよね。西園寺さんは」
そう馬鹿にするように声を掛けてきたのは佐藤恵梨奈。肩につきそうな髪をしばっていない。この学校では校則違反にあたるはずたが担任は気にしていないのだろうか。
「美咲ちゃんだっけ?西園寺さんはそういう子だから気にしないでいいよ。ってか、転校生なんて初めて。よろしくね!」
「よろしく」
「ノートなら、西園寺さんなんかに借りなくても私が貸すよー。美咲ちゃん」
そう言って佐藤は明るい人懐っこい笑顔を浮かべた。対称的なのは西園寺の表情だ。暗くて人を寄せ付けない表情をしている。顔が赤くなっているのは悔しいからか恥ずかしいからか。美咲には判別がつかなかった。
きっとクラスの人間関係で考えれば、佐藤と仲良くした方がよいのだろう。クラスの人は美咲、というよりは転校生が気になるのかこちらをちらちら見ている。でも佐藤が話しているからかこちらの会話に割り込んでくる人はいない。ここからもクラスの力関係が分かる気がした。
佐藤が別に悪い人というわけではないと美咲は考える。クラスの空気を読むに西園寺の扱いは大方この扱いで定着しているのだろう。でも美咲は嫌いなのだ。自分の父のように要領だけがいい人間が利益を貪るのが。
「ありがとう。でもわざわざそんなこと言わなくていいんじゃないの?」
冷たい笑顔を浮かべて美咲は言った。