第二十六章 過去
十三番の世界には昔全てのものが揃っていた。厳しくも優しい母、優秀で自慢だった父。十三番の故郷の国というのは海外ではディストピアのように悪し様に言われているが実際住んでいる国民達にとっては必ずしもそうではない。
誰にとっても同じ価値観、意味合いを持つものなんてないのだ。例えば戦争というのは絶対的な悪ではある。しかしそれを特需として、恩恵として受けとる国もある。他人の不幸は密の味、という諺はこの場合やや意味として外れているが、誰かにとっての不幸が即ち自分自身の不幸とイコールな訳ではない。
十三番にとってもそうだった。十三番の祖国は言論弾圧された不自由な国家だった。言論や思想の不自由に喘ぎ声をあげる人もいたのだろう。苦しんでいる人はきっといた。それでも、それは十三番と関係のない世界の話の筈だった。
「私は祖国で上流階級の子として生まれた。それで何不自由ない生活をしていたんだ。学校にも通っていた。名前もあった。それも十歳になるかならないかのときだまでだったが。
私が十歳になるかならないかというころ、父親がこの国に亡命した。私と母は置いていかれた。私達は祖国に捕まえられた」
十三番の口はよく動いた。まるで十三番と呼ばれる前のあどけない子供が乗り移ったようだ。
長話をする自分を十三番自身も不自然に思った。しかし言葉が止まらなかった。西園寺がやたらと真剣にこちらを見ている。西園寺の視線は熱がこもっていた。
十三番はあぁ、自分は酔っているのだと思った。西園寺のこの熱に。絆されかけているんだ。
もう語る口が止まることはない。




