第二十章 笑顔
「君が悪いわけないだろうが」
「でも、私を狙った人に襲われたわけで…」
そういう西園寺は浮かない顔だ。十三番は西園寺の表情を確認する。彼女の表情には罪悪感に苦しむ自分に酔っている、という感情はなさそうに見えた。だからこそ、思い悩んでいる西園寺を十三番は冷笑した。
「そんなことをいいだしたら、きりがない。例えば、私がもう少し早く着いていたらあの男は助かっていたかもしれないしな。だとしたら君は、今度は私が悪いと言いたいのか」
「そ、そんなことないです」
西園寺はふるふると首を振る。十三番にとって西園寺に初めて会ったとき、小動物のようだと思ったものだった。今の動作はその時以上に小動物らしい。
西園寺の反応を見て、十三番は自分がまるで仕事中のような、酷薄な表情を浮かべているのだと気がついた。どうしてこんなに苛立っているのだろう。十三番は考えた。答えはあまりにもたくさん思い浮かぶ。自分の無力さへの怒り、事情を知らされていないことへの不満、そして父親のことを思い出したこと…。
ああ、八つ当たりだ。十三番は自分の怒りをそう解釈した。西園寺は怯えた雰囲気を醸し出す。十三番は苦々しく思った。
そして西園寺の気持ちを考えた。西園寺にとってありふれた日常はあまりにも簡単に崩れさった。もう彼女には今まで通りの日常は返ってこないだろう。十三番は知っている。日常が如何に簡単に崩れ去り、もう返ってこなくなるかを。そしてその時の絶望を。悲しみも全部、先輩として知っていた。一度に全てを失った先輩として。なら、自分がすべき行動は。
そして、斎藤の言葉が頭を過る。雫のことを頼むと言っていた。
「あのな、君は悪くない」
自分の顔が赤いのが鏡を見ないでも分かる。頬に熱が熱中している。血の巡りが顔に集中している。これから十三番は柄にもないことをしようとしている。
「悪いのは全部、あの連中だ。君が罪悪感を覚えることなんて何もない。それだけで納得出来なかったら、連中の行動を察知できなかった二十五番にも非があるとでも思っておけ。これから先、誰かに責められることがあったら私の言葉を思い出せ。…君は悪くない」
十三番はもう西園寺の顔を見なかった。だんだんと自分が見当外れのことをいっているのではないかと不安になったのだ。十三番は人の気持ちを思いやるのは苦手なのだ。
しかし、少なくとも慰めようとする十三番の気持ちは西園寺に届いたらしい。西園寺は精一杯のつくり笑いを顔に浮かべた。これからの生活。今までの生活。そして激動の出来事。ざまざまな事を考えて西園寺は涙がでそうになる。それでも西園寺は泣き笑いのような顔をして、十三番に言った。
「ありがとうございます。杉野さんは優しいですね」
十三番は最後まで西園寺から顔をそらしたままだった。それでも西園寺がぎこちない笑顔を浮かべていることを雰囲気で感じとった。
最初はただ十三番というコードネームで呼ばれることを厭い、杉野さんと呼ばれることを望んだ。なのにどうしてだろう。この時西園寺が笑みを浮かべて、呼んだ名前こそが自分の名前なのだとういう気がした。




