第十七章 取引
アジトと格好をつけたところで、十三番が到着したのはごく平凡な一軒家だ。この家を十三番達は私立和桜女子高校に潜入捜査するにあたって、自宅として利用している。
本来ならこの自宅に帰ってくれば、安心出来るはずだった。なにせこのアジトとして使っている家は武器も揃っている上に、防犯システムは完璧だ。ここまで帰ってくれば、いざとなったら籠城戦も出来る。
しかし十三番は不快感を拭いきれない。眉間のしわがよっているのだろうなと鏡を見なくても自分で分かる。何故ならば自分だけ知らない話を二十五番と西園寺がしているのだから。
しかも二十五番は自分の仲間のはずである。何か知っているなら、何故十三番に教えないのか。十三番は不愉快で堪らない。
「まぁまぁ、そう怒らないでよー」
と二十五番はへらへら笑う。それも十三番の心をざわめかせた。
「私だって、十三番ちゃんに隠し事するのなんて嫌だよ?わざわざ捜査依頼されてたのに、嘘をつくなんて心苦しかった。でもね、祖国が」
運転席に座っている二十五番が十三番の方を見ながら、言った。
「十三番ちゃんは信用出来ないんだってさ」
十三番は考える。信用出来ない。その意味を。そして心の中で舌打ちをする。従順を装おっていたがまだ信頼は勝ち得ない、か。確かに十三番自身の来歴を考えれば、祖国は十三番のことを信用なんて出来ないはずである。
「まぁ、まずアジトに入ろう。掃除しといたんだよー」
楽しそうに二十五番は言う。彼女の言い方はまるで普通の友達を家に誘うように気安い。
しかしそれを受けての西園寺の表情はとても固い。仕方なく、十三番は西園寺に
「降りろ、家に入るぞ」
と声を掛けた。苛立ちのせいか多少口調がきつくなってしまったかもしれない。しかし西園寺の方は十三番のそんな態度など気がついていないかのようだ。
「そう、ですね」
と上の空で答えた。
「ん?」
電話がなった。二十五番のものだろう。そもそも西園寺は携帯を持っていないし、十三番はサイレントにしている。この場で電話が鳴ったのなら、二十五番のもので間違いない。
二十五番は電話に出るとしばらく話を聞いた後、「了解」と言って電話を切った。
「えーと、あのね十三番ちゃん緊急で任務が入っちゃった。西園寺ちゃんとこの家で待機していてくれる?
「許可をとるな。そういう命令なんだろう。従う」
「話がはやいねー。じゃ、これで」
車から西園寺と十三番が降りると、また二十五番は走り出していってしまった。
どこかぼんやりとしている西園寺を従え、十三番は家に入る。四人がけのソファのあるリビングに西園寺を連れていき、ソファに座るように指示した。そして自分も隣に座る。
「君の知っていること全部話してくれ」
「…嫌、です」
「っ、なんで」
「だって、もう信用出来ないんです。あなたがなんなのか。さっき私に嘘をついたし、私のこと盾にしたりしたでしょう」
西園寺は冷静さを取り戻していた。面倒だ。怯えたような目を十三番に向ける。
ここで西園寺を力づくで脅すことは簡単だ。しかし十三番は騙していたことに対する罪悪感が多少あった。その罪悪感が十三番を乱暴なやり方から遠ざけた。そして代わりにこんな言葉が出た。
「…どうしたら信じてくれる?」
西園寺は考えている。考えている時の癖なのか、軽く腕を組む。そして真摯な眼差しでこう告げてきた。
「じゃあ、杉野さんの事情全部話してください。私は杉野さんを信じたいんです」
それを十三番はこう捉えた。これは情報交換による取引だと。胸の中で巻き起こる違和感を無視して。
「了解。全部話す」