第十五章 車
まだ男達は悲鳴をあげている。美咲は西園寺に疑いの目を向けた。しかしそれどころではないことに気がつく。この大声だ。辺り一帯にまで響いているだろう。この周辺には住宅地というものがない。あるのは私立和桜女子高校だ。そしてそれが問題である。
美咲は学校の方を振り返った。生徒達がカーテンを開け、こちらの方を見てくることを気にしたのである。しかしそれは起こらなかった。
美咲は違和感を覚えた。さっき二階から降りた時は生徒達が歩いている風景を見た。なのにどうして誰もこの悲鳴を気にして、カーテンを開けないんだ?
思案ひ浸っている美咲の耳にエンジンの音が聞こえてきた。青い車がすかさず美咲の前にやってくる。四人乗りの小さな車だ。ナンバーを確認する。美咲は取りあえずのところ安心した。この車は二十五番の車だ。
ドアを乱暴に開けて、二十五番は言った。
「お待たせー、十三番ちゃん。ってか、この状況は何?」
美咲は緩く首を振る。美咲にだって分からない。しかし分からなくても、動かなければならない。へたりこんでいた西園寺の手をとって車に乗り込む。美咲は後部座席に乗り込み、西園寺を隣に座らせた。
未だわなわなと震える西園寺。目を見開き呆然とした表情をしていた。状況を掴めていないようだ。
「こっちにだって分からない。取り敢えず出発しろ。走りながら状況を整理する」
「はいはーい」
二十五番は軽く言うと、車を発進させた。
「あの人達、やったのって十三番ちゃんなのー?」
二十五番は何も考えていないような軽い口調。十三番は首を振る。しかし本当はわかっているのだろう。十三番にはあんな精神崩壊させるような技術はない。
そして十三でないとすれば、犯人は恐らく1人。
西園寺雫。彼女が何かをしたのだ。
車は細い道を駆け抜けていく。法律遵守の安全運転。若い人が好みそうな軽量の燃費のいい車。運転しているのは大学生くらいの若い女。それだけなら平和な光景だが、しているのは物騒な会話だ。
「西園寺雫ちゃん?あれ、何したの?」
そう聞く二十五番の口調は、あまり興味なさそうにも聞こえる。それでも付き合いの長い十三番には分かる。二十五番は今回の任務に多大なる興味を持ったと。
「私、知らなかったんです。こんなことになるなんて…」
悪い夢でもみているような口調で、西園寺は呟いた。突然現れた二十五番のことを気にする余裕がないほど、西園寺はショックを受けているらしい。というより、車に簡単に乗せられてしまうことといい西園寺は警戒心が薄すぎる。十三番にとっては好都合だが。
見かねた十三番は声を掛ける。
「君、何をしたんだ?」
そこで、虚ろな目で十三番を見る。いや、彼女が見ているのはクラスメートの杉野美咲か。十三番が潜入捜査の時に騙った名前。西園寺は何故やら美咲に信頼を寄せてるらしい。
「父から危なくなったら使えと渡されていたんです。これを」
そう言って、西園寺は十三番にあるカプセルを見せた。ガチャガチャのカプセルのような見た目だが中には白い粉が入っている。
「これを、投げたら、あの人達、急に」
西園寺は息も絶え絶えといった様子で話す。
「へぇ、やっぱり」
運転をしながら振り向いてきた二十五番がにやりと笑う。