第十四章 正気
三人。困った。西園寺雫を庇いながら戦える数ではない。そもそも美咲の任務は潜入捜査だったはず。そのため美咲は戦うための装備もほとんど持っていなかった。
校舎裏から男が三人表れた。三人はじりじりと美咲達に迫ってきた。西園寺も遅ればせながら彼らに気がつく。
「す、杉野さん」
と西園寺は美咲の制服の上着にすがってきた。美咲はナイフを構えた。西園寺は恐怖の表情を浮かべている。触れている手から彼女が震えていることが分かる。
しかし美咲はこの状況をそこまで悲観していたわけではなかった。何故なら、相手は恐らく西園寺の生け捕りを命じられているだろうから。美咲自身も西園寺の生け捕りを命じられていたし、西園寺は何らかの事情を知っている模様だ。校長室で会った男も美咲には拳銃を使い、西園寺にはスタンガンを使っていた。この男達も西園寺の生け捕りを目論んでいるのだろう。
「西園寺さん。私から離れるな」
「は、はいっ」
敢えて西園寺を傍に置くことで男達の行動を制限する。これで誤射を恐れ、男達は拳銃は使わないだろう。これで美咲のことを女子だということで甘くみてくれれば最高なのだか、そうも問屋が卸さないらしい。彼等は警戒した目を美咲に向けている。
三人は横並びに迫ってくる。同時に襲いかかれるようにだろう。ガードレールと街路樹で車道と分けられている歩道は、ガタイのいい男三人が並ぶとそれだけで一杯になる。三人が並んで歩く様子はなかなかに圧迫感があった。
美咲がちらっと西園寺のことを確認するように後ろを向いた。すると弾かれたように三人は一斉に走り出す。三人は彼女の隙を狙っていたのだろう。
三人が同時に襲いかかってくる。彼らははナイフを振りかざし美咲に刺そうとした。しかし美咲は西園寺の腕を引っ張り、彼女を自分の前に出した。すんでのところで西園寺にナイフが突き刺さりそうになる。
「えぇっ」
西園寺が驚きの声をあげる。三人も驚いたらしい。彼らの動作が一瞬止まった。美咲はその隙を最大限に利用しようとした。
美咲はナイフをまず右の男に刺そうとした。しかし男の動揺からの目覚めは早かった。男は手を伸ばしてきた美咲の腕を掴む。
「うっ」
投げられた。アスファルトの地面は固く冷たい。日本の柔道というやつだろうか。受け身をとったはずなのに、しばらくじんじんと衝撃があった。衝撃から立ち直ろうとした瞬間、首もとにひやっとした感触を感じた。美咲はその正体を知っていた。
ナイフだ。死の予感。
美咲、いや十三番の脳裏に今までのことが甦ってきた。
優しかった母。頼もしかった父。何が楽しいのか、やたらと笑っていた自分。全てが揃っていたあの時。全てを失なった時。どん底から這い上がってきた時。―復讐もなにも遂げられず、全く関係のない任務で自分は死ぬのか。十三番は思考する。
西園寺雫の悲鳴のような声が聞こえた。ああ、そういえば彼女もどうなるのだろう。殺されることはなくても、恐らく平凡で幸せな生活はもう味わえないだろう。本当に一瞬だったが、西園寺雫と杉野美咲は友達だった。彼女の今後も少し気になる。
「うぉぉぉぉー」
ナイフの感触が消えた。いや、それどころか。男の悲鳴が聞こえた。美咲は勢いよく起き上がる。
そして見た。三人の男が悲鳴をあげているのを。それぞれ瞳孔を見開き、口を限界まで開けている。声を限りに叫んでいる。その声は怒り、悲しみ、絶望。その全てがこもっていた。男達は正気の沙汰ではない。
そして見た。困惑と恐怖の入り雑じった表情をした西園寺雫を。彼女は地面にへたりこんでいた。
美咲は掠れた声で、西園寺に問いかけた。
「君、何をした?」