第十二章 逃走
走る。腰を抜かしていた西園寺であったが、美咲が強引に引っ張ると着いてきた。美咲は開け放していたドアから、廊下に出る。
しばらく走っていても、誰ともでくわさなかった。運が良かったのか、人払いされていたのか。どちらなのだか考えている時間は彼女達にはなかった。
とりあえず走って逃げる。考えるのはそれからだ。階段を昇り二階に向かう美咲を見て、西園寺は少し混乱から覚めたのかおずおずと声をかけてくる。
「あの…外に逃げた方がいいんじゃ」
「外には逃げる。二階から」
「えっ」
また西園寺は目を白黒させる。
「飛び降りるんだよ。ベランダから」
それにしても西園寺は意外とこういう非常事態に対する適性があるのかもしれない。普段おどおどしているだけにこういう状態で使い物にならなくなったら、どうしようかと思っていた。校長が死んでいるのを見て動揺はしていたが、立ち上がり走ることは出来た。
美咲は最悪の場合、自分が西園寺を抱えて逃げることも想定していたため嬉しい誤算となった。
私立和桜女子高校では、二階は三年生が使うことになっている。二階には人がいた。校章の色から三年生と分かる。彼女達は迷惑そうに美走ってきた咲達を見ていた。
美咲達はとりあえず空き教室に飛び込む。誰もいないか確認すると、すかさずドアを閉めた。そして美咲の後ろからは、手を繋いだ状態の西園寺もついてくる。しかし真っ青な顔をしてどもりながらも美咲に言ってくる。
「あの、校長先生のこと、言わないと」
「それは駄目」
「ど、どうして」
「狙われているのは君。分かっている?」
美咲は敢えて淡々と言った。そうすると西園寺は顔を俯かせて低い声で呟いた。
「じゃあ、杉野さんも知っているんですか?あの自由研究のこと」
自由研究?何の話だ。美咲は知らない。しかし一々相手にするのは手間がかかかる。それにこちらの弱みを見せるのはこれからのことを考えてもよろしくない。美咲は一介の使い捨てエージェントなのだとばれたらこれからこちらの言うことに従ってもらえなくなるかもしれない。
「それについては後で話そう」
取り敢えず誤魔化すことにした。
「まず、ここから飛び降りる」
手を離し、美咲は窓を開けて下を見る。よし、誰もいない。
「し、下って」
「二階だ。大丈夫。怪我はしない」
「どうして、下に」
「さっき校内放送で呼び出されただろう。学校の中には、もうすでにさっきの男達の仲間が潜んでいるということだ。ここは東棟。この窓からとび降りれば学校の敷地外に出られる」
西園寺も窓の外の景色をそろそろと確認する。外は人通りの少ないアスファルトの道路になっている。街路樹が車道と歩道の境目にあり、美咲はその上に降りようとしていた。
美咲は西園寺に向かって説得を続ける。
「さっきの男達は追いかけてこなかった。それはこの辺りが奴らに包囲されているということだ。だから、追う必要がないんだろう。この近くに私の仲間がいるから、アイツと合流すれば…」
「あの…杉野さんは何者なんですか。どうしてそんなに落ち着いているんですか。なんであの時ナイフなんて、煙幕なんて持ってたんですか」
落ちついてきて、疑問が湧いてきたらしい。矢継ぎ早に美咲を質問攻めにする西園寺。面倒くさいと美咲はうんざりする。
「あの、杉野さんは私のことをなんで助けてくれたんですか」
助ける、か。美咲としては任務をこなしただけなのだが。説明している時間も惜しい。もしかしたらこの場所も奴らに見つかるかもしれない。なんとかして西園寺にいますぐ言うことを聞いてもらわなくては。
「私は西園寺さんを助ける。それだけは信じてほしい。だから今から私の指示に従って」
西園寺の言葉を借りて、強引に告げる。何故か真摯な目をして、西園寺は頷く。
「分かりました。杉野さんのことを信じます」