主人公の一日
遅れてしまい申し訳ございません!
「食糧、やっぱ無いよなあ」
とある民家で戸棚を漁っている中、諦めた僕は近くにあった椅子に座り、そう呟いた。
別に空き巣では無い。
今の世界ではそんな言葉、死語である。
ゾンビに囲まれたこの世界では。
僕の名前は渡利タツヤ、少し前まで山と田んぼしかないこの地で大学生活をしていた男だ。
二年前ヨーロッパを中心に蔓延した死のウィルスによって人類の四十パーセントが死に絶えた。
そして死んだ者たちが生きた者を食い殺す化け物、ゾンビとして蘇り、世界を絶望と混乱によって崩壊させたのだ。
過疎化の進んだ此処も例外ではなかった。
たまたま登山を趣味としていた僕は保存食に困ることのなかったが、周辺の住人はコンビニやデパートを襲撃し、ある者は僕のように家に籠り、ある者はどこかへ去って行った。
おかげで資源不足になった僕が空の家へ簡単に入れるわけだが・・・・・。
にしても、
「碌な物がないな~」
そう無いのである。この民家に辿り着くまでに三件ほど見たのだが食糧どころか電池一本見当たらない。
まあ大体の予想はつく、僕と同じく民家を漁っている奴がいるのだ。
腕時計を確認すると、あと三時間もしないうちに日が沈んでしまう。
元々少ない電灯が点かない現状、何も視認できなくなってしまう。
それは避けるべき事だ。
収穫物の無いまま立ち去ろうとした時、それは起こった。
ギィィィ・・・・・
気の緩んでいた僕はその音を聞き、慌てて身を屈めた。
奴が入ってきたのだ。
僕はバックからゆっくりと折りたたみ式の杖とタオル、紐を取り出す。
奴に噛まれると奴らの涎、血液から菌が増殖し、仲間入りしてしまう。
四日前まで聞いていたラジオで、それを知った。
つまり噛まれないようにするのだ、杖にタオルを巻きつけたコレで。
床に耳を近付けると足音は一人分、此方に近づいてくるのが分かる。
両手で杖を構え、奴の姿を待つ。
そして現れた。
既に血が引き青白くなった肌、所々負っている茶色く変色した傷、何より生者にはありえない白濁した瞳――――――――――――――――ゾンビ。
どうやらゾンビが僕とは逆の部屋へ向かおうとしている。
その隙にゆっくりと近づいた。
奴らは目ではなく耳や鼻を使うらしく、匂いや音につられて歩いているのを何度か目撃している。
距離にして三メートル、慎重に音を殺して進む。
一メートルを過ぎたあたりで奴が振り向いた。
どうやら匂いに気がついたらしい。
大声を出される前に杖を奴の口の中に突っ込んだ。
「ガアアッウグ!!」
口の中に物を叩き込まれたゾンビは声を唸るように漏らすが、別段問題のなさそうな顔で近づいてきた。
「ひっ」
想定していたよりも力が強く、窓際まで押し戻されていく。
不味い、不味い、不味い!本来の計画では左手の杖で足止めし、腰に差した鉈で首を叩き切る予定だった。
だが、両手を杖に使ってしまい鉈を取り出す余裕がない!
別の方法はないか?そう考えた時、最悪にも僕の手から杖が抜けてしまう。
余りの出来事に頭が真っ白になった僕は、近づくゾンビの顔に本能的に目を瞑り耳を押さえ、体育座りの姿勢をとってしまった。
後から自分の行動に無数のダメ出しが浮かぶが、もう遅い。
この後身に掛かる惨劇を想像し絶望しながら待っていたが、しばらく時が経過してもゾンビが攻撃してこない。
恐る恐る目を開けると、口から喉へ杖を貫通させ倒れたゾンビを視認した。
いったい何が?後ろを振り返ると、すぐ側に壁があり自分の頭があった位置に亀裂が出来ている。
どうやらゾンビは壁にぶつかり、その拍子に口に咥えた杖を貫通させてしまったようだ。
杖が歪に歪んでおり、その威力が窺える。
あまりに呆気ない終わり方だが、生き残ったことに僕は心からホッとした。
◆
その後、倒したゾンビの持ち物を物色することにした。
コイツのせいで時間を浪費してしまい日没まで二時間をきった。
僕の住むアパートはここから三キロほどある。
昔ならいざ知れず、ゾンビが徘徊する道を通って戻るには時間が足りない。
今日はここで一夜を過ごすしかないので、せめて何か取れないか探す必要があるのだ。
どうやらコイツも生前は僕と同じように民家を荒らしていたようで、奴の手提げのバックからバールや錆びた包丁が出てきた。
しかし、今欲しいのはそれじゃない!
バックをしばらく漁っていると、遂に目当ての物を見つけた。
「よかった、食いもんだ」
奥底からサバや鳥の缶詰が四つほど出てきた。
電池は見つからなかったが、食糧が見つかったのは良好だ。
見つけた物資を自身のバックに詰め、杖と死体を先ほどのバールで道端まで運んで行く。
先に説明した通り、ゾンビは耳や鼻を使って獲物を探す。
このまま家に放置していれば、ゾンビ共が死体の匂いに反応し群れになって家へ入ってくるだろう。
それを避けるため、死体を外に運び出すのだ。
道に出たあたりで既に反応したゾンビがこちらへ近づいている。
「これくらいでいいだろう」
家の玄関から大分離れた場所まで引きずったところで僕は服に掛けていたバールを抜いた。
周りを見れば五体程のゾンビがこちらへ近づいてきている。
奴らは歩くことしかできないので、音を出さず遠回りして走って家へと戻った。
振り向くとゾンビ達は僕を気にした様子もなく、死体へ近づいていくのが見える。
杖の代わりにバールを手にした僕は家へ再び入り、二階へと上がった。
二階には子供用の部屋があり、ドアに鍵があったのでロックした。
窓を見れば外は夕日に染まりだしている。
目が見えるうちにと、バックを下ろし中から小さなキャンドルとマッチ、水が入った五百ミリリットルのペットボトル、乾パンを取り出した。
火を付けたキャンドルを中央に置きカーテンを閉めた後、僕は隅に座って今日の食事を始めた。
三日前に封を開けた乾パンは湿気てしまい、所々ふやけている。
正直美味しくないが、食えるだけマシなものだろう。
全て平らげてところで、水を含みはじめて息をついた。
「は――――・・・・美味い」
少し脱水症状に掛かっていたのか、微温湯の水がとんでもない甘みを持った糖水に感じられ、気付けば三分の二ほど飲んでしまっていた。
名残惜しくあったが懐事情を考え、蓋を閉めることに。
お腹も満たされたところで、火を眺めながら今日の反省を始めた。
一番はやはりゾンビを侮っていたことだ。
正直腐り始めている肉体に負けるわけないと勝手に考えていたのは良くなかった。
にしてもあのゾンビ、すごい力だったな。
趣味で山を登るため力にはそれなりの自信があったのだが、あれはそういう次元を超えていた。
そういえば人間は本来の力を体が壊れないために抑えている、ってネットにも書いてあっ・・・――――――――。
ア―――――・・・・
「・・・っ!!」
思いに耽っているところで突如、悲鳴が外から聞こえた。
近くはない、だが人がいる。
そして一人犠牲になったのだろう。
急いでキャンドルの火を消し、周りに人が居ないかカーテンの隙間から覗いた。
酷いとは思うが今のご時世、正直言ってゾンビより人が怖い。
僕も今まで何度か出会ったが、その度にこちらを殺す勢いで襲われたものだ。
居ないことを確認した僕は隅に戻り、夜明けが来るまで座りながら眠りへと入った。
明日は人とゾンビを確認しながら帰らなければならない。
眠りはキチンと取っておかなば。