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第0話「終わりで始まり」

 ――――世界が死んだ。


 僕は両手で顔を覆って、胸の内から湧き上がる虚無感に打ちのめされていた。

 この絶望には、どんな装備でも立ち向かえない。

 腰に佩びた愛用の剣も役に立たない。

 身体を守る魔法の力が込められた防具も役に立たない。

 身につけてきたスキルもだ。

 

 無常にもお知らせ(ノーティス)ウィンドウに映し出される文章が、その経緯を物語っていた。



 ――日頃は『ティターニア・オンライン』をご愛顧いただき、誠にありがとうございます。


 ――四〇五七年八月二十日よりサービスを行って参りました『ティターニア・オンライン』は、四〇六四年七月二十四日(水)メンテナンスをもちまして、サービスを終了させていただくこととなりました。


 ――これまでご愛顧いただき誠にありがとうございました。


 ――また、サービス終了に伴い――――


 文章の後半は涙に滲んだ僕の目には入ってこなかった。


 いまや涙が滝のように床に落ち、塗れた染みを作っていく。

 激情に任せてガツンと床を叩く。破壊不能(イモータル)エフェクトが波紋を描く。叩いた拳が痛むことはなかったが、さらに涙があふれてくる。


 僕の三年間は一体なんだったというのだ! 十六歳から十九歳までの多感な時期をすべて捧げたんだぞ!

 

 頭の中にこれまでの冒険の軌跡が再生される。まるで走馬灯のように。

 装備品を集めるために仲間と一緒に暴れまわった思い出。

 イベントごとに阿呆みたいに一喜一憂して突撃した思い出。

 そして、フィールドボスやエリアボスなどを仲間と倒した思い出。


 ティターニア・オンラインは巨大なボスを倒すという面白さが売りのVRオンラインゲームだった。

 普通ならありえないような戦い。魔法を使い、大剣を振るう巨人を、パーティで翻弄し撃破するのだ。

 時には巨人の身体の上を駆け、時には巨人の力すらも利用して敵を倒す快感は、他のVRオンラインゲームでは味わえないものだった。


 僕はそれにどっぷりとはまり、この三年間時間があれば常に、時には寝食を忘れるほどにのめりこんだのだ! いわゆる廃人というやつ。

 そのかいあってそれなりのプレイヤーになったのだけど……。


「もう終わるけどね!!!」


 ぐおおおお、と涙を流す。細かいエモーションエフェクトにちょっと感動しながら。僕はぐったりと肩を落とした。


 そんな僕の目の前に、これまでの冒険を振り返るかのようにスキルウィンドウが開いた。

 僕がこれまで取得してきたスキルが表示されている。

 僕は軽業士と呼ばれる、回避と一撃離脱を中心とした立体行動を得意とする戦い方をしていた。ステータスも素早さや跳躍力といったものを重視したビルドになっている。いや、今となっては、なっていたというべきか。


「ああ、そうそう。よく使ったよなあ、このスキル」


 攻撃職の基本斬撃スキル。最初に誰もが覚えるスキルで、一番長い付き合いになった。


「うんうん。これがあったからあの窮地も切り抜けたんだよなあ」


 敵NPCの目から自分を隠す隠蔽(ハイディング)スキル。ギルドの迷惑女王のせいで敵陣深くまで入り込んで孤立した時に、うまく逃げ出すことができた。


「やっぱり極めつけはこれだね」


 僕はびしっとスキル欄のひとつを指差す。


 【巨人滅者(ティターンスレイヤー)】。


 僕の言葉に応えるように、スキルアイコンが光る。

 【巨人特効(ティターンベイン)】は巨人に対して攻撃力が増加するスキルなのだが、その上位版だ。攻撃力だけが増加する【巨人特効(ティターンベイン)】と違い、すべてのステータスが上昇するこのスキルは、特殊イベントをクリアしないと手に入らないものだったのだ。


 手に入れるためにどれほど苦労したか……。

 それも消えてしまうのか……。


 僕は立ち上がる。

 お知らせ(ノーティス)ウィンドウの文章に続きがあることに気付いたのだ。

 ぼんやりとした頭で、飛ばし飛ばし読みながらスクロールさせる。


「……特別招待のお知らせ……? バレットパンツァー……オンライン?」


 どうやら同じ会社が運営しているVRオンラインゲームで、ゲーム操作のシステムが同じなため広告が出ているらしい。


「なになに……。ティターニアオンラインはサービス終了いたしますが、引き続き弊社のオンラインゲームを宜しくお願いします?」


 絶対やってやるものか、と思ったのはほんの数分。


 腕組みして考える。

 僕は重度のオンラインゲーマーだ。結局何かVRオンラインゲームをするなら、ゲーム操作システムが慣れているほうがいいだろう。

 ゲームの内容が合わなかったらやめればいいのだ。


「バレットパンツァーオンライン……かぁ」


 まあ、やるにしても、この世界とお別れしてからだな。

 僕は床に座りこむと、強制ログアウトさせられるその瞬間まで、この世界に居残り続けることを決めたのだった。



 ある日の午後、僕は昼飯とトイレを済ませると自室に向かった。

 自室は自慢のオンライン部屋になっていた。長時間座っていても疲れたり床ずれしないテクニカルチェア。通信ラグをできるだけ軽減する高機能デバイス。

 かなりのバイト代をつぎこんだが、後悔はいていない。僕は満足げにうんうんとうなずいた。ログインの準備はできている。


「さって、やりますか……!」


 僕は銀色に光るわっかを手に取った。これがVRデバイス。僕は髪をかきあげると、こめかみにあるデバイス接続口にケーブルを接触をさせた。そのまま孫悟空の金環のごとく頭にはめ込む。このVRデバイスが身体データを読み取り、現実世界と遜色ない身体をVR空間に創りあげるのだ。

 ぐっと身体をテクニカルチェアに沈みこませる。

 ゲームをスタートさせる。

 ログイン画面が表示され、認証を求められる。パスワードを打ち込み。準備OK。


 全身を浮遊感が包み込み、サイバー空間にログインを果たす。


<ようこそ、バレットパンツァーオンラインへ!>


 軽快な女性のボイスが僕の耳に届く。案内プログラムだ。


<ティアーニアオンラインのゲームデータをお持ちですね。ゲームデータを利用してキャラクターを作成しますか?>


 YESボタンを押す。もちろんだ。

 身体を模した小さな3Dフィギュアが出現する。外見だけはティターニアオンラインの時と同じキャラクターデータ。

 今までと操作感覚を変えないために、同じ体格、同じ顔にしておく。身長百七十未満の現実世界と同じ小さな体格。自分作成したにしては、まあ悪くないと思っている顔。変わりない。

 

 ステータス画面とにらみあう。やはり初期ポイントは素早さを重視。思ったより基礎ステータス値が高いのはゲームコンバートキャラクターだからか。強くてニューゲームということだね。


「よし、決まり」


 僕は決定ボタンを押し込むと、外見データを確定した。


<名前を入力してください>


 キーボードウィンドウが出現する。前と同じ名前でいいか。


「――――ユニオン、っと」


 決定ボタンを押し込んだ瞬間、ふわっとした浮遊感が再び身体を包み込む。

 加速するようなエフェクトが視界を埋め、視界が白く塗りつぶされていく。


 ここから、僕ことユニオンのオンラインゲームが再び始まるのだ。

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