拾弐章─健の幼少期①─
チェリア「だから無駄だって言ったでしょ。取れないわよ、そんなの。」
健「だいじょぶだいじょぶ。おれに任せとけって。」
菫「ホントに大丈夫ですか?無理してお怪我なさらないでくださいよ。」
健「大丈夫だって言ってるだろ。俺だって御師匠様に教わってんだ、こんな木ぐらい、登れなくてどうする?」
チェリア「まあ、健がこう言ってるんだから、大丈夫かな。」
菫「何言ってるんですか。降りてきたとき、健様がもしお怪我の一つでもされていたら…」
─時は十年前。
健が五歳で、桜がまだチェリアであったとき。
ちなみに、このとき健達は、戦島という広ーい庭でのびのびと遊んでいる最中であった。
健「ほい、取れたぞ、ボール。」
チェリア「やった!じゃあ次、何して遊ぶ?」
菫「け、蹴鞠とか…」
チェリア「蹴鞠って?」
菫「ま、鞠を蹴って落とさないようにする遊びです…」
チェリア「サッカーとは違うの?」
菫「結構似てはいますが、サッカーより簡単でコートもなく遊べるかと…」
チェリア「でもさっき、サッカーやって誰かさんが木の上に引っ掛けたばっかりだからなぁ」
健「ブツブツ言うなよ、自力でちゃんと取っただろ。」
菫「でもこの軟らかさだと、サッカーというよりやはり蹴鞠なのでは…」
チェリア「そんなに蹴鞠したいの?」
菫「あっいや、サッカーにすると健様がまた引っ掛けて、落ち込んでしまわれるかと思ったものですから…」
チェリア「健に限って、それはないわね。落ち込むタマじゃないもの。」
健「それにしても菫お前、なんか堅苦しいぞ。もうちょっと友達っぽく、さ。」
チェリア「人の喋り方に文句つけない。」
菫「失礼ですが、私も一言申させていただきます。チェリア様、あなたは、自分が王女であるという意識が欠けているのではございませんか?それでは、国を継ぐことなど…」
健「よく分かんねーけど、何するか決めようぜ。続きは船の中でやってくれ。」
チェリア「それじゃあ、国はあたしじゃなくて、健に継がせればいいじゃない!」
菫「そ、それは…だ、だ、だめですよ…で、で、できないんじゃ、あ、ありませんか?」
チェリア「あたしと結婚すれば、問題ないでしょ。王女の夫、つまり次期王妃の夫、つまり国王よ!」
菫は、その答えに愕然とした。
何故なら、予想が当たるのと同時に、菫の淡い期待が儚く散ろうとしているのだから。
─っていうか、健以外、ホントに五歳なのだろうか。
歳誤魔化してんじゃねぇの?
菫「で、で、でも…た、健様が了承するとは…」
チェリア「いいでしょ、健。大きくなったら、あたしと結婚しても。」
健「結婚って、なんだ?」
ドンガラガッシャン。
会話の腰を、大胆に折ってその会話から立ち去る伝説の会話泥棒、津田健。その腕は、五歳の時にはもう既に光を発していた。
チェリア「ま、まだ、か、完全に、と、盗られたわけじゃ、ない…」
健「あ、もう結構暗いや。どうだ、俺ん家で何か食ってくか?」
チェリア「さんせーい!」
どうやら、会話は完全に盗まれてしまったらしい。
菫「いけません王女様、別荘で父上と国王様が、夕食をお待ちです。急いで戻って、御一緒しなければ、また怒られてしまいますよ。『こんな時間まで、どこうろついてたんだ!』と。」
チェリア「そ、それは…あはは、じゃあ明日は御父様達を説得して、皆で健の家で夕飯にしましょ!」
菫「そうですね。それがよいかと思われます。」
宰「おやおや健様、このような所においででしたか。皆さんがお待ちですよ。」
健『皆さん』って?」
宰「つい先ほどまで、国王様と、その母である老婆様がお話をされておりまして、『どうせならここで食べよう。宰、子供達を迎えに行ってくれたまえ。』というわけでございます。」




