四章─健の生い立ち③─
老婆「その後、儂ゃ家に帰って何回も岩に正拳突きしてみたが、岩は割れるどころかびくともせんかった。岩を軽々と粉々にできるあ奴を、儂ゃどうやって倒したか、不思議になってのう。」
優「火事場の馬鹿力って奴じゃねぇの。」
老婆「儂もそう思った。じゃがある日、健がこの木に登ってのう、降りれんくなってしもうたんじゃ。」
桜「さっき宰さんが言ってたやつですか?」
老婆「いやそれよりずうっと前じゃ。儂があ奴を引き取って間もない頃じゃっからのう。それで儂が登って、ふと見ると、何者かがローマ字で、“Takeru Tsuda”と刻んだらしく、その文字が見えたもんで、儂ゃまだ決めかねていたあ奴の名前を、『津田健』にしたんじゃ。漢字はテキトーな宛字じゃがな。」
桜「誰が刻んだか、判ったんですか。」
老婆「いやいや、あの騒ぎ以来、この島から人が消えてのう。あ奴が出ていった今、この島に住むのは儂と宰だけなんじゃよ。」
桜「でもその分じゃ、島の人の誰でもなさそうですね。出ていくのに、あなたのところの赤ん坊の名前なんて関係無いですから。」
老婆「御主、あ奴と違って頭がええのう。良い妻になれそうじゃわい。」
桜「妻だなんてそんな大層なもんじゃ…」
─やっぱりお決まりの台詞である。




