ただし情熱は鼻から出る
◇山田語り
営業終了後、久しぶりにレジェンズへと顔を出したオーナーが小さな子どもを連れて来た。
どうしても断れない相手に預かってくれと頼まれたけれど、奥さん怖さに家に帰れず適当なホストに押し付けようとしているようだ。
仕事関係の時は厳しいイメージだが、プライベートになるととことん情けない人だな。
一晩だけという事みたいだけど、一応飲食店であるしこのまま店に置いておくのも憚られる。
というわけで、誰が連れて帰るか話し合っているのだが、これが一向に進まないのだった。
◇子ども=にゃんこだった場合
少し離れた場所で、ミィミィと鳴く白い子猫を睨みつけるように見ているリッちゃん先輩。
「媚びを売って生きるような軟弱な生物は、俺様に相応しくない」
フンと鼻を鳴らしつつも、その手元でさり気なくカラアゲの衣を外して肉を細かく分解しているのは、後で人目を忍んで餌付けするつもりだからですか?
囃し立てたり茶化したりしてやりたいけど、命は惜しい……山田です。
ていうか、媚びがどうとかホストのお前が言うなと思ったのは自分だけでしょうか。
って、あー。そういやぁ、リッちゃん先輩はお客さんにも全然媚びてなかったですね!
横柄な態度を改めるのはタッちゃん先輩の前でだけでしたね、HAHAHA!
……はぁ。
表向き不機嫌そうに振る舞うリッちゃん先輩とは逆に、パパン先輩は困ったような顔で首を傾げ、頬に手を当てため息交じりに言った。
「可愛いとは思うんですが……。
ギラついた目で見られる事が多いせいか、少しばかり苦手意識がありまして。
それに家には母もいますし、僕が連れて帰るのは難しいですね。
一応どうしても他にいないのであれば、預かるのもやぶさかではないですけど」
っあー、魚ですもんね。
パパン先輩の場合、右腕に喰いつかれたら左腕も差し出しそうで怖いです。
でも、1番猫にストレスを与える事なく世話してもらえそうではあるかなぁ。
ちなみに自分の安アパートでは無理です。禁止されてます。
万一見つかって、動物と一緒に退去させられたらマジ泣きします。
「ボクもボクの身体で爪を研ごうとしてくるから、猫はあんまり好きじゃないねぇ」
次いで、悩ましげに首を傾げてドリー先輩が呟……って、おいぃ!!
どこの猫か知らんが、さすがに怖いもの知らずにも程があるだろう!
野生の勘はどうした!
文字通りの意味の猫鍋にされたらどうすんだよ!
もしくは、三味線の材料にされたらどうすんだよ!
恐ろしい! あー、恐ろしい!!
と、秘かにそこまで考えたところで、スケルン先輩がカリカリと頭をかきながら手を上げた。
「あ~。オレも似たようなもんッスけど、メスなら全て許せるっつーか。
むしろバッチ来い?
そして、このにゃんにゃんちゃんはオレの勘によれば間違いなくメス。
つーことで……さぁ、カモーン! ヘイ、カモーン!!」
ぐあああ!
スケルン先輩、相変わらずうっぜぇぇえええ!
何だよ、にゃんにゃんちゃんって! 色んな意味で言いづらいよ!
そもそも、なぜ人前でそこまで全力ハッスルできるのかと!
「怯えているようだが……」
両手をこれでもかと広げ、擦り足で猫に近付くというキモい動きを見せるスケルン先輩。
当の猫は素早くタッちゃん先輩の背後に移動し、ブワリと毛を逆立てながら威嚇の声を上げている。
ですよねぇー!
「うぉっ! き、嫌われた!? えぇー、なぜにホワぁイ!?
つか、その反応微妙に傷つくわぁーっ。
何気にショックだわーっ。」
頭を抱え込むようにしてガックリとうな垂れ、深く嘆き出すスケルン先輩。
よしっ。いいぞ猫、もっとやれ!
思わず拳を握って応援してしまうのも仕方の無い事だったと言えよう。うん。
……で、色々とゴタゴタがありつつも、最後は消去法でタッちゃん先輩が連れて帰る事に決定しました。
と言うか、彼にだけは普通に懐いてやがるのはどういうことだ猫。
何日も先まで予約いっぱいのタッちゃん先輩の腕の中でゴロゴロ喉なんか鳴らしやがって、このアバズレがぁ……っ。
はっ!
それとも、実はタッちゃん先輩のフェロモンは動物相手にすら効くというのか?
恐ろしい子っ!
◇人間双子だった場合
「女の子の方が愛と書いてマナちゃん、男の子の方が誠と書いてセイくんです」
オーナーから細かく説明してもらったらしいパパン先輩が、まだ小学生にもならないくらいの子供を連れてホストたちの前でそう紹介した。
「漢字だと愛と誠……うん、まぁ何でも無いよ。
それにしても、男女の双子かぁ。珍しいねっ」
「……さすがに顔つきは違うか。
まぁ、こういう場合は大抵が二卵性だからな」
年長組のドリー先輩とタッちゃん先輩が当たり障りの無い感想を言っていると、横からややこしい男が空気も読まずに割り込んで来る。
「へいへいへーいっ。まずは自己紹介だろ自己紹介ぃーっ。
オレ、スケルンねー。よっしく!
いやぁー。それにしてもお嬢さん、カぁワイイねぇ。
良かったら、オレのプリンセスにならない?」
「す、スケルン先輩……この子たちまだ幼児ですよ?」
「つか、何言ってんだ骨野郎。そっちは男だろうが」
いきなり幼児にモーションをかけるスケルン先輩に焦るパパン先輩と、微妙に自分もツッコミたかったことを言ってくれたリッちゃん先輩。
しかし、スケルン先輩は何をいっているんだと言わんばかりの表情で、いつものウザったらしいポージングを決める。
いや、ウザったらしいというか、普通にウザいんですけどね。
「かっ! このオレが男女を見間違えるかっつーの!
な、パパン。こっちがマナちゃんで、こっちがセイだろ?」
「はい、そうです。一目で分かるなんてすごいですね、スケルン先輩」
「ほーら見ろ!」
スケルン先輩は、パパン先輩の肯定に得意げに胸骨をそらした。
いや、ウザいけど悪い先輩じゃないんですよ? ウザいけど。
「うっわぁ。変態だね、スケルン。通報していい?」
「ちょっ、なんでそうなるんスかドリー先輩!?」
調子に乗る彼に、ドリー先輩は容赦なく冷や水を浴びせにかかった。
普段は怖いけど、こういう時は頼りになります。
それに少し落ち着いたらしいスケルン先輩は、今度は申し訳なさそうに頬骨を掻きながら言う。
「あー、でもオレん家は無理だなぁ。悪ぃけど」
「何かあるんですか?」
「オレ、絶・対☆に男は家に上げないって決めてっから。
だからって、双子を離れさすのもなぁ」
うわぁ……。
呆れて開いた口がふさがらないとはこのことだ。
他のホストたちも何人かは自分と同じような表情をしていた。
リッちゃん先輩に至っては嫌悪丸出しといった風に眉間に皺を寄せている。
「その場合、セクシャルマイノリティーの方々はどうなるの?」
その発想は無かった。さすがドリー先輩。
こういう順応力の高さとか広い視点とかも年の功と痛いっ! ごめんなさい!
「あー、心が女の男なら女装もしくは工事済みのみ可。
心が男の女なら、工事前のみ可。ですね」
「……細かいな」
なぜか感心したように頷くタッちゃん先輩。
いや、あの、先輩。そこは間違っても感心するような場面じゃありませんよ?
「ケッ、ハンパな主義掲げやがって。
さすが中身もスカスカな骨野郎だなぁ、おい?」
「あぁ?
ろくな主義も持ってねぇ、人生ハンパ野郎のテメェに言われたくねーっつーの!」
「何だとコラァ!」
いつものように胸倉を掴み合い、流れるような動作でガンつけ体勢に入る2人。
ここで間違っても息ぴったりですね、なんて言ってはいけない。
一触即発状態の2人の殺気をモロに浴びてしまうことになるからだ。
べ、別に経験談じゃないっ。トラウマになんかなってないっ。
パパン先輩は、そんな彼らから隠すように幼子の前に立つ。
確かに、教育に悪い光景ですもんね。
「先輩方、幼子の前で喧嘩は止めてくださいっ!」
その声にリッちゃん先輩とスケルン先輩は、同時にウッと何かが喉に詰まったような顔を見せる。
それを尻目に子供たちのそばに近づいたドリー先輩が、くりっと小首を傾げながら言った。
「君たちは、あぁんな子供みたいな大人になっちゃ駄目だよー?」
「ドリー先輩、何気にひでぇ!」
即座に反応するスケルン先輩。喧嘩ムードはすでに雲散霧消したようだ。
良かった良かった。
子供みたいな見た目のドリー先輩に言われると違和感があるとか、そういう事はこの際おいておこう。
……で、結局。
ドリー先輩から若いうちの苦労は買ってでもしろとか何とか言われて、ほぼ無理やり自分が子供たちの面倒を見ることに決定しました。
いや、自分1Kの安アパート住ま……っちょ、何で誰も意見してくれないの!?
そりゃ、子供禁止とかそんな規則はないですけど!
ないですけどぉぉぉ!
……その日の夜中に大家さんから騒音で怒られたりしてないです。