愛され小悪党ワルゴー
本編に関係のないセリフのみの小話四本です。
◆夜中にトイレに行くのが怖い十歳児の主張
「父上! 一体いつになったら僕の自室に便所を作ってくださるのですか!」
「そんな予定は永遠にない」
「ひどい! 僕が毎夜どれだけ小便に起きるのを怖がっているか、父上だって知っているでしょう!?」
「たかだか数十メートルの道程で、あれだけ大きな悲鳴を何度も上げられればな。
まったく、お前が生れてからというもの、まともに一晩眠れた例がないわ」
「でしたら、互いのためにもっ!」
「黙って慣れろ。いずれ他所の貴族家に招かれる夜も来よう。
いちいち泣き叫んでいるようでは、お前だけではない、我が家の恥にもなるのだぞ」
「くっ、それは確かにそうかもしれませんが……」
「道中、全ての明かりを灯させるのも止めなさい」
「っ父上に人の心はないのですか!?
慣れる必要があるにしたって、段階というものを踏むべきでしょうが!
僕は部屋にオマルを置いていただくところからでも良いんですよ!」
「良いわけがあるか!? 十にもなって情けない!
ワルゴー、お前には貴族として、いや、人としての羞恥心はないのか!」
「恐怖から逃れるためなら、そんなもの、いくらだって捨ててやりますよ!」
「威張るな、大バカ息子!
その軟弱な精神を鍛えん限り、未来永劫、婿入り先もありはせんぞ!」
「んなっ、有り得ない!
父上が情けない男を好むご令嬢を探してくだされば済む話ではないですか!」
「その様な都合の良い娘、いるわけがなかろうが!」
「探す前から諦めるなんて、父上こそ軟弱だ!
あなたっ、息子が可愛くないんですかっ!」
「似ても似つかん薄気味悪い声真似は止めろ!
可愛いからこそ、こうして叱ってやっておるのだろうが!
そうでなければ、お前のような不出来な性悪小僧なぞ、とっくに見限って追い出しておるわ!」
「えっ。えー、んもう、やぁだぁ、父上ったら、もーう、可愛いなんて、そぉんな、へへっ」
「ええい、女のようにモジモジ照れるな。
むやみやたらと都合の良い耳をしおっておからに」
◆アントニガリウス一世と少年ワルゴー
「ふふふ……アントニガリウスよ、今日からお前は僕の家来だ。
このワルゴー様に仕えられること、せいぜい光栄に思うのだな」
チクッ
「ぁ痛ああああーーーーッ!?」
ゴロンゴロンゴロン
「きっ、きしゃまっ、よくもやってくれたな!
生意気なヤツには、こうっ、こうだ!
ていっ! せいっ! っあぁい!」
ペチッ、ペチッ、ペチペチンッ
「どうだ! 情け容赦なく振るわれる拳は!
怖いだろう、恐ろしいだろう! わははは!
これに懲りたら、二度とご主人様に舐めた態度を取るんじゃあないぞっ!」
「……ワルゴー坊ちゃま、サボテンを相手に何をやっておるのです」
「むっ、じぃやか。
植物風情が子爵令息たる僕の指を針で刺してきたものでな。
どちらが偉いか教えてやっていたのだ。
躾というのは最初が肝心らしいからな」
「その握った右拳で左手のひらを叩き音を出す行為が躾であると?」
「あぁ、そうだ。
目の前でいかにも荒々しい暴力を見せつけられて、こやつめ、さぞや委縮しただろうよ……くっくっく」
「ははぁ、それはそれは。
いやはや、さしもの爺めも坊ちゃまの厳しさには肝が冷えますぞ」
「ふふふ、さもあらん」
数日後
「はっはっは。今日もトゲトゲしさが気高いな、アントニガリウス。
どぉれ、ご主人様が手ずから水を恵んでやろう。
そらっそらっ、美味いかっ、そらっ」
数ヶ月後
「どうなっている、どうして日に日に萎びていくのだ!
いやだっ、死ぬなぁアントニガリウス!
元気になってくれよ、なぁ、もうお前に酷いことしないからぁ!」
「サボテンを買い付けた行商人がまた例の市におるようです、彼なら何か分かるやもしれません」
「っすぐ見せに行くぞ!」
「……あー、これは根腐れですな。
サボテンは乾いた土地の植物ですから、通常の草花の要領で水をやると弱ってしまうのです。
ここまでの状態になりますと、残念ながら、もう手遅れかと」
「そんなっ、ぼ、僕が、僕の無知がアントニガリウスを殺したというのか……う、うぅぅーー」
「おぉ、ワルゴー坊ちゃま、お労しや」
「全く売れないので仕入れることも滅多にないのですが、なんの運命か、今日はたまたま同じ種類のサボテンのご用意がありましてね。
もし、よろしければ、もう一度だけ育ててはみませんか。
上手く成長し花を咲かせるようなら、その枯れてしまったアントニガリウス様も報われることでしょう」
「…………正しい育て方を教えてくれ、今度こそ、今度こそ絶対にアントニガリウスを死なせはしない」
「あぁ、坊ちゃま。なんと健気な。
爺めは涙を禁じえませんぞ」
◆家族(父、母、兄二人)と演劇観賞
「しまった、今日の演目は悲劇だったか」
「つい二日前に入れ替わったようですわね」
「どうします、父上。いっそ今からでも予定を変更しますか」
「えー、せっかく大人気のメガスター座の公演が観られると思ったのになぁ」
「……あの、さっきから何の話を? 悲劇だと何か不味いのですか?」
「あーあ、これだよ」
「お前が恥も外聞もなく号泣したり悪態を吐いたりするからだろ」
「ワルちゃんは感受性だけは豊かですからねぇ」
「喜劇や活劇ならば、まだ問題は少なかったのだがな」
「なっ、なんですか、揃いもそろって失敬な!
僕だってもう社交界入りを果たした立派な大人です!
公の場で泣くなど、そんな幼い子供のような真似するわけないじゃないですか!」
「…………」
「無言で疑惑の眼差しを向けないでいただきたい!」
「……まぁ、せっかく来たのだし観て行くか」
「そうねぇ、今日の公演を楽しみにしていたのは家族皆同じですから」
「うーん、不安だ」
「いっそワルゴーだけ離れた席に座ってもらいたいよ」
「そんなこと言って、兄様たちの方が醜態を晒すことになっても知りませんからねっ」
約三時間後
「ぶぉえあああああっ! ひぐぅぅぅうううう!
ひっ、ひっ、なんでっあんなっ酷いことが出来るんだっ、人間なんて糞だっ!
人間こそが悪魔だ! 何が聖戦だ、何が正義だ、何が犠牲だ!
ぜんぶぜんぶ糞っ食らえよぉ!
うわあああああんっ! 畜生っ畜生ぉぉぉっ!」
「ほらぁもう、案の定じゃないかぁ。観劇の余韻が台無しだよ」
「図体も声も無駄に大きいから、余計に目立つんだよな」
「はぁ、共感性が高すぎるのも考えものねぇ」
「お前たち馬車の順番が来たぞ、一刻も早くその醜聞製造機を中に押し込むのだ」
◆婚約者キーツェイーナと街中デートなう
「うーん、話題になっているだけあって美しい植物園でしたねぇ。
花もそうですが、降り注ぐ光の加減もこう、絶妙で」
「えぇ、本当に」
「イーナ嬢。次は、休憩を兼ねてカフェに行きませんか。
マロヤカンヌという平民夫婦が経営する小洒落た店がありましてね。
内装が少々メルヘンチックで女性か若いカップルぐらいしかいないので、華やかで色々な甘い香りがして、とても居心地が良いのですよ。
僕も一人でよく食べに行っています」
「ま、まぁ、お一人で……」
「あっ、もちろん護衛やじぃやは連れておりますよ?
マロヤカンヌは本当に、ケーキもパイも、クッキーも、とにかく何でも美味しくって。
オリジナルブレンドの紅茶と合わせるともう最高。
後に引かない爽やかな甘みと申しますか、どれも優しい味で、いくらでも食べ続けられるんです。
いや、実際にそうすると、父上や母上に叱責されてしまうのですが」
「ワルゴー様らしい所感ですこと」
軽食後、馬車移動中
「いやー、やはりマロヤカンヌはいつ行っても良い」
「そうね。中々素敵なカフェでしたわ。
あのメルヘン空間の中でワルゴー様だけひたすら浮いておりましたけれど」
「あっ、見てくださいイーナ嬢。
あの白と薄桃色の雑貨屋、動物モチーフの小物が沢山置いてありますよ。
ね、ね、少し寄って行きませんか」
「えっ、えぇ、よろしくてよ」
雑貨屋店内
「うぅそぉー、やぁーだぁー、可愛いものしかなぁいぃー。
え、待って待って、このウサギさんのペーパーウェイトすっごくかわうぃー。
ねぇ、イーナ嬢もそう思いませんかっ」
「そ、そうですわね」
「ですよね、ですよねぇっ。
ええー、本気でめちゃくちゃ可愛いんですけどー、どうしよ欲しいかもぉー、え、買っちゃおっかなぁー。
あっあっ、待って、こっちのネコちゃんタイプもツンとお澄ましした気品のある佇まいがすっごく良いー、迷うぅー。
ははぁん。さては、このシリーズの作者天才だなぁ?
んんー。っそうだ、イーナ嬢もご一緒にどうですか、このペーパーウェイト」
「え。まぁ、それは構いませんけれども」
「ハッ、大変良いこと思いついてしまった。
いっそ、ペンやレターセットもお揃いで買って、結婚するまで手紙のやり取りをしませんかっ。
可愛い小物に囲まれて可愛い便せんで可愛い婚約者と絆を深める文字の交換、はわぁーっ、す、素敵だっ。
あ、もちろん、プレゼントいたしますからね。
いくら婿入り予定とはいえ、この状況でイーナ嬢に強請るほど落ちぶれてはおりませんからね」
「はぁ、左様ですか」
「そうと決まれば、一番可愛いのを二人で選びましょうっ。
ひゃーっ、楽しぃーっ。婚約者とデートって最高に楽しいですね、イーナ嬢っ」
「ふっ……そうかもしれませんわね」




