短編未満SS 召喚聖女のワンワンハーレム
大仰な魔法陣から光が溢れ、犬獣人の世界に人間の聖女が降臨する。
「おおお! 聖女様がいらっしゃったぞ!
皆の者、歓迎の御走りじゃー!」
「ワホーッ!」
最高神官オーリングシープの先導で、有事の際に控えていた騎士たちが揃って駆け出した。
(えええ二足歩行の犬たちが尻尾振りながら私の周りをグルグル走り回ってるぅぅぅ。
可愛いぃぃぃぃぃ)
その後、連れられた謁見室で国王ポメラギオンにより召喚の事情説明を受ける聖女。
「突如、聖なる湖から発生した瘴気は今なおその濃度を増し、世界を蝕み続けております。
もはや伝説の聖女様の浄化のお力に縋るより他なく……」
「瘴気を浄化……そんな力が私に……?」
「あぁ、聖女様。どうかどうか我らをお救いください」
(うぅぅ。相手が人間なら余裕で見捨てて出奔したかもしれないけど、犬が酷い目に合う物語が全く見れないレベルで大好きっこの私に、犬ソックリな獣人の願いを断るなんて選択肢あるワケないんですよねぇぇ)
間もなく執務があるからと王が足早に去り、話を引き継いだ大臣のグレピレズから更に細々とした説明を受ける。
「召喚されたばかりの御身に、即、浄化の旅へというのも惨い話でございましょう。
諸々お慣れになるまで王宮にてごゆるりと過ごされませ」
「はぁ。お気遣い、ありがとうございます」
そして、五日後。
国王主催で開かれたお披露目パーティーで、聖女が相手に背を向けてお辞儀をする。
自然と突き出た彼女の尻に、チャウチャ侯爵は顔を寄せ黒い鼻を上下させた。
(……うぅん。犬式の挨拶とはいえ、お尻を嗅がれるのだけは慣れないな)
「おや。聖女様は私めに挨拶を返してくださらないので?」
「あ、ごめんなさい。
人間……いえ、私、生まれつき嗅覚がほとんどないに等しくて」
「なんと。それは、ご不便でしょうなぁ」
「ええと、もう慣れておりますので」
王宮で暮らし始めてから、約半月が経った頃。
聖女は旅の予行練習として騎士シーバやビグル、メイドのシェルティ等々に連れられて王都内を細々と案内される。
そして、帰還後。彼女は憤りを露わに財務大臣アラスキャンミュッテンの元へと駆け込んだ。
「今この瞬間にも世界中のあちこちで飢えや理不尽な暴力や瘴気により不幸な死を迎える犬たちがいるだなんて、とても耐えられない!
早々に可能な対応策の一環として、せめて貧民街での炊き出しをさせてください!
お金は、そう、貴族的なドレスや装飾品とかいらないからシンプルな神官風衣装に変えてもらって、食事も王族と同じものじゃなくて使用人の食堂で出ているもので!
他にも私のために妙な予算が組まれているなら解体して下さい!
ついでに聖女の名のもとに広く寄付金も募ります!」
意外なほどスンナリと要求は実現し、周囲の反対を受けながらも、貧民街での炊き出しに自ら参加する聖女。
「おぉ。貧しい者も醜い者も分け隔てなく笑顔を向けなさる。
まさしく聖女様たる振る舞いよ」
「それに見ろ。聖女様に触れられた者から瘴気が浄化されてゆく!」
「ありがたや、ありがたや」
(うほーっ! ワンちゃんいっぱい可愛いねぇ! 可愛いねぇ!)
更に一ヶ月ほど過ぎると、貴公子を集め並べた第一王子ヨクシャムから、聖女は衝撃の提案を受けた。
「ええ!? この中から誰か一人を選んで結婚を!?
確かに一国の思惑としては理解できますが、そんなの無理です!
だって……だって、私、皆が大好きなんだもの!」
「えええ……?」
結婚そのものを断って、けれど、出会う犬獣人全てと悉く仲良くしていた、ある日。
第二王子チィワンの婚約者である公爵令嬢プードリーに、嫉妬から聖女は腕を噛まれてしまう。
「聖女様、そんな自身を害した者まで庇おうだなんて」
「ダメぇぇ。お願い、彼女を罰しないで。
誰でも見境なく撫でてた私が悪かったの。この子に酷いことしないであげてぇぇ」
「せ、聖女様。あぁ。わ、私、私、なんてことを……っ」
「いいんだよぉ。ごめんねぇ、プードリーさん。辛かったよねぇ、ごめんねぇ」
生活習慣の違い等から、あちこちでトラブルを起こしたり解決したりしつつ、なんやかんやで召喚から約百日が経過した。
その頃には、能力の発現にも犬獣人との暮らしにも慣れ、ついに聖女一行は浄化の旅に出立する。
しかし、それから僅か数日後、彼らは領地と領地を繋ぐ街道のど真ん中で、ブルドグ盗賊団なる、ならず者たちに囲まれてしまったのだった。
「ステイっ!」
「ワン!」
「っな、何だぁ!?
あの謎の言葉を聞くと急に動きを止めないといけないような気になっちまったぞ!?」
「こ、これが、聖女の力?」
「わぅん? 聖女様に浄化以外の能力があるなんて聞いたことないんだけどなぁ」
「盗賊、ダメ、絶対! ということで、貴方たちの身柄はこの私が預かります!」
「ええ!?」
「せ、聖女様!?」
「貧しいために仕方なくやっているのなら、個々に合わせた更生プログラムを組みます!
殺しや人を嬲る行為が好きでやっている者がいるのなら、私が直々に厳しく躾けて差し上げます!」
「ええええええ!?」
「そぉれ! 取ってこぉい!」
「ワフーッ!」
「あ、あのお頭がスッカリ飼いならされてやがる」
「恐るべき聖女サマの調教術……」
そんなこんなで、出会いと別れを繰り返し、聖女は引き連れる犬を日々増減させながら、順調に旅を続けていた。
道中、情報収集に立ち寄った町の酒場で、嫌われ者の大男マスティホが酔っぱらって暴れ出す場面に居合わせた彼女は、恐れ知らずにもズイと身を乗り出す。
「よーしゃよしゃよしゃ、よーしゃよしゃよしゃ」
「クゥーン、クゥーン」
「おおおん! 聖女様の手は魔法の手じゃあ!
どんな荒くれ者も聖女様に撫でられれば、あっという間に腹を出しおるぞい!」
「すげー! あのマスティホが赤ちゃんみたいに!」
「きゃー! 聖女様ぁーっ、私も撫でてくださぁーーい!」
ワンワンワン! キャンキャン!
行く先々で犬を侍らせ浄化を繰り返しつつ、世界中を二年半かけて巡った聖女一行。
そして、彼らは此度、ついに最終目的地である聖なる湖へと辿り着く。
そこには瘴気の元凶たる大いなる存在がいて、聖女は騎士たちを背に、黒幕と一人、真正面から対峙していた。
【ハッ! 犬畜生ごとき、何匹死んだとて痛む心などあるものか!
この我の糧となれるのだ、むしろ、光栄に思うが良い!】
「おんどりゃ、このクソ外道がああ!」
「せ、聖女様!?」
「うぉぉぉ! 異界の悪神なんぞに負けるかあああああ!
全御犬様の幸せは私が守ってみせるぅぅぅぅ!」
【人間風情が、出来るものならやってみろおお!】
「うわあああぁ聖女様ぁああああああ!」
熱い決意を胸に悪神に特攻をかける聖女。
まばゆい光が辺り一面を包み、衝撃波が犬騎士たちを襲う。
やがて、ソレらが収束した時、獣人たちの目の前には、かつての清らかさを取り戻した聖なる湖だけが静かに鎮座していた。
「あ、あぁっ、そんな……っ」
「キュゥーン、クゥーン」
「……我らが聖女様は、その尊き御身の全てを捧げ、世界をお救いくださったのだ」
「おぉ、何という……」
オォンオォンと悲痛な遠吠えがコダマする。
風に乗って届いたその声を耳にした近隣の住民たちは、同じく心優しき聖女の死を悲しんで遠吠えを上げ、また更に遠くの町へと報が響いていく。
その連鎖は留まることなく繋がり続け、いつしか世界中に哀悼の歌が広がっていった。
そんな彼らの嘆きと同時刻。
とある青き世界のシングルベッドの中に、「すごく良い夢を見たなぁ」と気持ちよく二度寝に入る一人の犬好き女性がいたとか、いないとか……。




