美貌の令嬢は理想の巨漢に嫁ぐ
夫婦になった二人についての小話三点。
セリフのみにつき苦手な方はご注意ください。
◆とある日の軍内、大将軍専用執務室にて
「やぁ、将軍。また奥方のことを考えていたな。
英雄夫妻の仲が良いのは結構だけれど、時と場所は考えたまえよ」
「シャスタ殿下。入室一番、何をおっしゃいますか」
「取り繕っても無駄だぞ?
なぜなら、君が奥方について考えている時に限って、例の物騒な威圧感がすっかり消失してしまうのだからな」
「……は?」
「なんだ、今日まで誰にも指摘されなかったのか?
そうでなくとも、周囲の態度で分かりそうなものだが」
「……屋敷の者がやけに夫婦二人で過ごすことを勧めるので、妙だとは思っておりましたが。
もしや、使用人の数が目に見えて急増したのも、新たな女主人を迎えたためではなかった?
夜会などの場で挨拶が途切れぬようになったのも?
唐突にサウィーナの話題を挟んで来る輩が多いのも、悪意や下劣な好奇心からの発言ではなく、波動を出させないための苦肉の策だった?
考えてみれば、泣き叫ぶ幼子や気を失う女の数がかなり減ったような」
「君たちの結婚式を利用した囮作戦が上手くいったのだって、常に隣に奥方がいて、将軍がただの強面の大男に成り下がっていたからだぞ。
そうでなければ、とても実行可能な案だとは思わなかった」
「それは……」
「ま、サウィーナ殿が聡明な女性であったからこその成功でもあるんだが。
将軍。君、本当に良い奥方を貰ったな」
「色々と複雑な心境ですが、骨折りいただいた殿下には感謝しております」
「うんうん。ぜひ、そのまま睦まじい夫婦であり続けてくれ。
我が国のためにもな」
◆将軍屋敷内、寝室での夫婦の会話
「ボゾロ様。差し出口になりますが、明日から少々食事内容を改められませんか?」
「食事を? どう改めるんだ?」
「お野菜の割合を増やして、お酒の類は控えめに」
「野菜はともかく、酒もか?」
「いつか戦場に夫を奪われるやもしれぬと、軍人の妻として嫁いだ暁より、私もそれなりの覚悟をしてございます……ですが、予期せぬ病で貴方を失うのは嫌です」
「あー……とはいえ、この歳まで何も問題はなかったわけで……」
「ボゾロ様っ」
「お、おぉ」
「年齢差を考えれば、ただでさえ置いていかれる可能性が高いのですよ?
私っ、私、一日でも長くボゾロ様の隣で過ごしていたい、ボゾロ様と共に生きていたいの。
お願い。お願いします。未熟な妻を、それでも愛してくださっているのなら、どうか」
「……サウィーナ」
「お酒が心の安らぎに不可欠というのであれば、私がその代わりに何でも致しますから」
「ごほッ!」
「大丈夫です。ボゾロ様のためなら、どんなことだって、私……っ」
「や、やめろ! やめなさい! 分かった、酒は控える!」
「まぁ、真ですか! 良かった」
「そもそも、なぜ今、このタイミングで切り出したんだ。
夕食後ではいけなかったのか?」
「使用人に小娘の言いなりなどと誤解されて、主としての尊厳が損なわれては申し訳ないと」
「えっ、あー、そうか。それで二人きりになるまで待っていたわけか……全く紛らわしい」
「紛らわしい? …………っあ」
「いやっ、ち、違うぞ、サウィーナ」
「ええと、その、私は、ボゾロ様が望まれるのでしたら、どんなことだって……」
「頬を赤らめて言い直すなっ。
そもそも、貴女という妻がいることで、俺はこれ以上なく満たされているのだ。
今さら他に望むものなど有るはずがないだろう」
「え?」
「どんなワガママだろうが、おねだりだろうが、対価など必要ない、いつでも口にすればいい。
全て叶えるとは誓えんが、何を言われたところで嬉しいだけだ。遠慮はするな」
「も、もうっ。酷い人。
そうやって、いつもいつも私ばかり夢中にさせて。
……お言葉、そっくりお返し致しますわ。
愛するボゾロ様に何を望まれても、私は嬉しいだけです。どうか、遠慮なさらないで」
「っお。はは、そう来たか。敵わんな、サウィーナには」
◆とある新米メイドの受難?
「ここの旦那様、確かに体もすごく大きいし悪そうな顔付きをしているけれど、散々聞いた物騒な噂ほど恐ろしい人じゃあなさそうですよねー?」
「……確かに、無体を働くような御方ではありませんが、油断は禁物です」
「へ?」
「よいですか。新人は特に配置に気を付けているけれど、万が一、一人でいる旦那様を見かけたら、声を掛けようなどとは思わず、すぐに引き返しなさい。
もし、それが適わない状況なら、とにかく奥様の名を出して、旦那様の意識が逸れた瞬間を狙い、すぐに逃げ出すのです」
「え? えっ? え、いや、えと、冗談、ですよね?
そんな、御国の英雄様に対して、不敬な……」
「冗談、で済めば良かったのですけれど、ね。
私たちもなるべく目を光らせてはおきますが、努々気を付けなさい」
「えぇ……?」
~後日、廊下の曲がり角~
(な、何? 右の通路から、とんでもなく怖ろしい気配が、ち、近付いて……?
この廊下を真っすぐ進みたいのに、あ、ああ、足が竦んで、動けないっ!)
「ひっ!? い、嫌っ、来るッ!?」
「……ノ……ス卿は軍を何だと……ん? 新しい使用人、か?」
「っだ! だ、だ、だん、旦那さっ!?」
(あ、あ、し、しぬっ、ころ、ころされるっ!
なに、なになにこれこわいこわいこわいこわい!
あああ、あぁああぁあ、こんなっ、こんなのっ、ば、ばけもの!
いやっ! たすけておかあさんッ!)
「……あぁ、しまった。屋敷の中で少々気を抜いていたか。
聞こえているか分からんが、何も危害を加えるつもりはない。
俺はこのまますぐに立ち去るから、落ち着くまでそこでジッとしていなさい」
(ひぃ! な、なにかいってる、こわい、わからない、ど、どうしたらっ!
……っあ、あ、そうだ、せんぱい、たしかせんぱいが!)
「ッさうぃーなおくさまぁ!」
「む? サウィーナ? どこだ?」
(こわいのなくなった!? ッ今だ!)
「ひゃーーーあああああああぁぁぁぁぁ…………ッ!」
「…………お、おお、逃げた。
案外、土壇場で度胸の出るタイプだったか。
貴重な人材だな、懲りずに勤め続けてくれれば良いが」
「あらあらまぁ、ボゾロ様ったら。
またメイドを泣かせておりましたの?」
「ぬっ!? サウィーナ、なんだ本当に近くにいたのか。
いや待て、人聞きの悪い言われ方は止めてくれ」
「うふふ。これは当て擦りですのよ、ボゾロ様。
伯爵家の敷地内では、極力お仕事のことは忘れて、私のことだけ考えてくださる約束だったのに、簡単に破っておしまいになるものですから」
「あ、うむ、そうだったな、うむ……悪かった」
「許しません。もっともっと私に夢中になってくださいませ」
「む、参ったな。これ以上となると、軍務に支障を来しかねんのだが……。
というか、今でさえ少々怪しい」
「ま、まぁっ。それならば仕方がありませんね、許してさしあげます」
「……そうか。慈悲深き妻に感謝を」
「今は言葉より態度で示していただきたいわ」
「ああ、もちろんだとも。愛しいサウィーナ」
「ボゾロ様……」
~夫婦のイチャイチャ三分前、サウィーナの私室~
「お、奥様っ」
「あら、メイド長。そんなに慌てて、どうしたのかしら」
「旦那様がお一人で屋敷を徘徊されて……間もなく新人の配置区画に……ッ」
「そう。皆まで言わなくて結構よ。すぐに参ります」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
「気にしないで。これも愛する旦那様のためですもの……ね?」




