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生贄の后が可愛すぎてつらい

魔王一家、前提設定(あとがきに子どもの簡易キャラ設定一覧あり)


 長男コカブ、次男アクルクス、長女ミモザ、三男フェルカド、次女ハテルマの順に産まれる。

 生まれるごとに外見が魔王から后に似ていくが、反面、内包魔力は上がっていっている。

 魔王が后の寿命を延ばすために少しずつ施している魔力コーティングが、彼女の体に徐々に馴染んでいった結果によるもの。

 でも、そんな子どもたちの力の差も、魔王からすると誤差の範囲内。父親最強。

●三男フェルカドの日常と+α



 魔王が第三子フェルカド。

 父を模したかのような異形の姿を取ることも出来るが、彼はあえて母に似た美男子の形態を取ることが多かった。

 だが、それは見目を気にしてのことではない。

 嫌う、とまではいかないが、三男はあまり父親のことを尊敬してはいなかったのだ。


 のんびりと昼前まで惰眠を貪ったフェルカドが、欠伸を溢しながら城内を気だるげに歩く。

 軽食を済ませた彼が自室を目指して吹きさらしの廊下を通りがかれば、道中垣間見える中庭から聞き覚えのある声が届いてきた。


「まぁ、旦那様。真のお姿、久方ぶりに拝見しましたわ。

 また世界の淀みを吸収していらっしゃるの?」

「あぁ、うむ……」


 そこにいたのは、フェルカドの実の両親だった。

 世界そのものすら破壊しうるほどの強大な力を持つ醜い魔物の王と、世界で最も美しいと讃えられた人間の女性である某国の元やんごとなき姫君が彼の父親と母親だ。


(わたくし)もちょうど日向ぼっこがしたいと思っていましたの。

 ご一緒してもよろしいかしら」

「聞くまでも無いことだ」

「うふふふ。

 こうしていると、結婚した当初のことを思い出しますわねぇ」

「む、そうか……」

「えぇ」


 もう何百年と時を共にしているくせに、あの異色極まりない夫妻は、未だに目を覆うほどの仲睦まじさを所構わず見せ付けてくる。

 体はともかく心が思春期真っ盛りなフェルカドは、彼らの息子として恥ずかしい思いでいっぱいだった。


(母様に見えない側の父様の触手が分かりやすく悶えている……僕は絶対ああはならないぞ)


 年甲斐も無くイチャイチャする両親の主に父親の方にじとりと冷えた視線を送って、再び足を踏み出すフェルカド。

 そのまま真っ直ぐ目的地へ辿りつくかと思われたが、彼の行く手は二つの大きなドス黒い塊によって塞がれてしまっていた。

 それを見たフェルカドは、妙に疲れたようなため息を吐き出しながら、仕方なく歩調を緩めて止まる。

 塊の一つは魔王の真の姿の縮小版のごとき見目をした長男コカブ。

 もう一つは魔王の仮の姿の改良版のごとき見目をした次男アクルクス。

 血の繋がったフェルカドの兄二人が、人間ならば体格の良い戦士五人は横並びに歩けそうな通路をやたらとデカイ図体で陣取り、何やら話し込んでいるようだった。

 そこで、ふと次兄に視線を向ければ、彼が常とは少々異なった様子を晒しており、反射的に軽く眉を顰めたフェルカドは、思わぬ声をかけてしまう。


「なに、アクル兄上。ボロボロじゃない。

 また何かバカやったの?」


 その問いかけに反応して、兄たちが揃って弟に向き直った。


「おい、フェルよ。またとは何だ、またとは。

 親父が相手してくんねぇから、ゾドガの一族の奴らに勝負ふっかけに行っただけだ」


 フンと鼻を鳴らして、アクルクスが六組十二本の腕をそれぞれ偉そうに組んだ。

 そんな次男に対し、長男コカブが全身に疎らに浮かぶ眼球を細くして、不快そうに触手をうねらせる。


「全く、貴方という弟は。

 アポイントも取らず、手土産も持たず、いきなり他人様の元に赴いてケンカを売り歩くなど……。

 我ら兄弟の品位すら落としかねない蛮行は金輪際止めていただきたいものですね」


 己の見目の気味悪さを余所に、無駄に良心的なことを語る長兄。

 どうやらフェルカドは、長男が次男に小言を溢している場面にかち合ってしまったらしかった。


「コカブ兄上は大げさだけど、アクル兄上と一緒にされたくないのは同意だね」


 一の兄に軽く身を寄せて、憎まれ口を叩くフェルカド。

 家族に対する生意気な態度は、思春期な彼の通常運転だ。

 大らかな魔王一家の中で、今更そんなことに腹を立てる者もいない。


「なーんだよー、お前らがイイコちゃんすぎるだけだろ。

 男ならもっと熱くなれよー」

「やめてよ、鳥肌立っちゃう」

「私は当たり前の常識を語っているだけです」


 弟が参入して一気に形勢不利に陥った戦闘狂アクルクスは、ムッとつまらなさげに口先を尖らせる。


「あーあーぁ。でもまさか、アイツら相手にこんな手こずるとは思ってなかったわ。

 親父が胎ん中の俺の魔力抑えつけてなきゃ、もう少しは強く産まれたはずなんだけどなぁ」

「母上が死なぬための処置です。仕方が無いでしょう」


 脆弱な人間の母ポラリスが無事に魔族の子を産み落とそうとするからには、やはり大なり小なりの障害があったのだが、それは魔王の尋常ならぬ手厚い処置により過去の話と成り果てている。

 今、次兄が言っているのは、彼らが胎の中で魔力の開放・吸収行為等を無意識に発動させ母体を壊してしまわないために、父親が常時赤子の肉体内外共に結界のようなものを展開させていたことについてである。

 そんな対応の仕方ゆえに、彼らは魔王の子でありながら充分な成長を遂げることが出来ず、人間が死なぬ程度、堪えられる程度の肉体に生まれ落ちてしまったのだ。

 それでも、そこらの魔物とは比べるべくもない質の高い能力を秘めた存在ではあるのだが……。


「つまりアクル兄上は、母様が死んで、ついでにミモザ姉様やハテルマや僕が生まれなかったら良かったとか思ってるわけ?

 サイっテーだね」

「バッ! ちっげぇよ! そんなこと思うわけねぇだろ!」


 三男の辛らつな言い分に、慌てて首を振るアクルクス。


「けれど、貴方が言っているのは、結局そういうことではないですか」


 そこへ、長男の正確な追撃が加われば、さしもの彼も大人しく降参するしかなかった。

 破天荒な性格のようでも、何だかんだで家族に対しての情は人一倍厚い男なのだ。


「あぁもー! 悪かった、俺が悪かったよ! 考えなしだった!

 兄貴もフェルも、勘弁してくれっ!」

「全く……」

「脳筋バカ」

「ちぇっ」


 兄弟に責められ、背中からぞわりと生え集う触手のひとつで決まり悪げに側頭を掻く次男。

 そして、一応の決着と判断されたものか、ここにきて唐突に長男の意識がもう一人の弟へと向けられた。


「あぁ、ところで、フェルカド。

 あなた、襟の右側が少し曲がってしまっているようですね。

 今、直しますので、その場を動かないで下さい」


 言うなり、不定形に蠢く肉体から触手を三本ばかり出してくる兄へ、当の弟は器用に片眉を上げて不快を表す。


「ええー。別にいいよ、少しぐらい」

「あっ、こらっ、フェルカドっ!」


 当たる寸前で素早く触手を躱して走り出せば、フェルカドの背後から長兄の叱咤の声が響いてきた。

 対して、彼は思春期の弟として相応しい不満を返しながら、己の意思を示すかのごとく足を速めていく。


「コカブ兄上は細かいことまでブチブチうるさすぎー、付き合ってらんないしーっ」

「待ちなさい! そんな姿で城内をうろつくなど、だらしがないですよ!」

「知ーらなーいっ! だいたい魔物が品位なんて笑っちゃうってーの!」


 三男が上半身を軽く捻って悪たれ口を叩いてみれば、さすがに矯正を諦めたらしい長男が長く長く伸ばした触手を気落ちしたようにダラリと下げて、ゆっくりと回収していった。

 まだ母親の寿命が延びる前の只人の頃に生まれ落ちた長男は、父似の異形の姿に反して、弟ひとりを捕まえるほどの力すらも持ち合わせてはいないのだ。

 兄の様子に少し言い過ぎたかと罪悪感を抱きながらも、戻って謝るなどということもなく、フェルカドは廊下を疾走し続けた。

 くすぶる気持ちを持て余し、風にでも当たろうと彼が屋上へ向かってみれば、今度は父の肉体を無理やりに母親と同じ形に固めたような異形、長女のミモザとかち合ってしまう。


「おお、ちょうど良いところに。

 フェルぅ、傷心の(わらわ)を慰めてたもれぇー」


 出会うなり、彼女はそう言ってフェルカドの首に手を回し、隙間もないほど強く抱きついてきた。


「ちょ、ちょっと、ミモザ姉様。やめてよ恥ずかしいな」

「いーやーじゃあーっ」


 抵抗する様子を見せる弟の肩口でグチャグチャと頭を振る長女。

 彼女のセリフに思うところがあったのか、フェルカドは姉を引き離すことを諦めて力を抜いた。

 そして、小さく息を吐いてから、軽く彼女の背を叩く。


「なに、また例の男に付き纏われでもしたの?」

「うぅー、そうなのじゃあ。

 何度も断っておるのに、アヤツときたら不死族かというしつこさで求婚して来おってぇぇ」

「毎回毎回、姉様から半殺しの目に遭わされてるってのに懲りないね、アイツも」

「もういい加減に気持ち悪いのじゃあー」


 弟に回している腕の力が愚痴を吐く度に強まって不穏な音を立てているが、例えドラゴンの首すら数秒で落とせるだけの超級の剛力を発揮されたところで、お互いどうにかなる程度の軟な肉体に産まれてはいない。


「とか言いつつ、本当は結婚が嫌なんじゃなくて家を出たくないだけなんでしょ?」


 魔王が第三子ミモザは、表では氷の女帝などと揶揄されるほどに冷酷な態度ばかりを取っているが、こと家族に関しては正反対の、とことんまでの甘えた様子を見せる、家族至上主義の女だった。


「……………………てへっ?」

「姉様がハテルマのマネしたって似合わないよ」

「むぅぅ、優しくない弟じゃのー」

「父様じゃあるまいし、僕にそういうの求めないでよ」


 可愛こぶって首を傾げてみるも、弟相手に撃沈してしまうミモザ。

 と、そんな二人の元へ、血の繋がりゆえ思考が似たものか、微妙に凹み気味の次兄が屋上へ姿を現した。


「あっ、アクルじゃ。アクルぅー、聞いてたもれぇー」


 すると、ミモザはつれない弟からあっさり身を離して、第二の兄に小走りで向かっていく。


「って、お主、妙に小汚いのぅ」

「おうミモじゃねぇか。汚れてんのはまぁ、いつものやつだ」


 目前で足を止めた妹に、アクルクスは長兄にさんざ叱られたことを全く反省していない態度で言い放った。


「まぁた他種族に迷惑をかけてきたのじゃな。悪びれもせず、よくもまぁ……。

 ド真面目なお兄様の苦悩の表情が目に浮かぶようじゃのぅ」


 そうして呆れて(かぶり)を振るミモザへ、ふと何かに気が付いたような次男が口を開く。


「ってか、何でミモは兄貴はお兄様呼びで、俺は名前で呼ぶんだ?」

「めちゃくちゃ今更じゃん」

「あー……そこは自分の胸に聞いてみよ」

「お前なぁ。親父や兄貴じゃあるまいし、胸がしゃべるわけねぇだろ?」

「そういうところじゃ……アクル……」

「脳筋バカ」


 論点のずれた返答で弟妹をとことん脱力させた次兄は、彼らのそんな態度の理由が分からず、一人何度も首を捻っていた。


 付き合っていられないと、早々に屋上からも退散するフェルカド。

 今度こそ自室へ戻ろうと再び廊下をダラダラと歩いていたのだが、彼は視線の先に中庭で父と戯れていたはずの母親を見つけて、無意識に立ち止まってしまっていた。


(あれ、母様だ。父様がこんなに早く母様を解放するなんて珍しいな)


 そんなことを思考している間にも、通路の先から彼の妹ハテルマが飛び出してきて、そのまま母親を発見すると同時に満面の笑みで駆け寄っていく。


「あっ、お母様だぁーっ! 抱っこぉー抱っこぉー!」

「あらあらまぁ、ハーちゃんは大きくなっても甘えんぼさんですねぇ」

「えへーっ」


 娘の言われるがままに細腕を広げ胸の内に受け入れるポラリス。

 ハテルマの見目が彼女を色違いに映したかのような美女であることを考えると、三男は「好事家に売れそうな図だな」などと、そんな絵が実在し出回っていたとすれば自分自身怒り狂い暴れ尽くすであろう下世話な想像を巡らせた。


「あーっ、フェル兄ぃ!」

「げっ、見つかった」


 直後、母に抱かれたまま兄の姿に気付いた妹が、目を輝かせ腕を伸ばして彼を指さしてくる。

 さされて、フェルカドはその場をすぐに立ち去らなかったことを後悔した。

 この天然母と愛されたがりの妹には、どうしても自身のペースを崩されてしまいがちで、ゆえに彼は彼女たちに少々の苦手意識を持っていたのだ。


「まぁ、フェルくん。

 そうだわ、フェルくんも一緒に抱っこしましょうか?」

「いらないよ、子どもじゃあるまいしっ!」


 案の定、成人と変わらぬ肉体を持つ三男に対して、天然ゆるふわ発言を投げてくる母。

 フェルカドは羞恥心から頬を薄く染めて、即座に首を横に振って返した。


「えー、フェル兄ぃも一緒にギューしよーっ!」

「しましょー?」


 だが、可愛らしくも美しい母親と妹がその提案を良いことだと信じきった真っ直ぐな瞳で見つめてくれば、思春期とはいえシスコンかつマザコンである己を律しきれるようなフェルカドではなかったのである。


「むぐっ……し、仕方ないな。ちょとだけだからねっ」

「わぁーい、やったー!」

「ふふ。フェルくんが優しい子に育ってくれて、私も嬉しいわ」


 微妙にツンデレ風味なチョロい三男を、すかさず母と妹が抱きしめにかかる。


「あぁ、大きくなったわねぇ」

「むふーっ、フェル兄ぃとギュー!」


 感慨深げなポラリスと、無邪気に喜ぶハテルマに、ガンガン恥ずかしメーターが上がっていくフェルカド。

 あっという間に心の許容量を超えてしまった彼は、一分と経たずに彼女らをその口調の乱暴さとは裏腹に丁寧に引き剥がした。


「ほらっ、もういいでしょっ!」

「えー、もうー?」


 兄の行動に対し、素直に身を離しながらも頬を膨らませて不満を露わにする妹。

 彼女からもう一度などと余計なことを言われてしまう前にと、彼は慌てて流れを変えるため母親の方へと体の向きを移動させた。


「そういえば、母様」

「はぁい?」


 語りかければ、微笑ましげに兄妹のやりとりを見守っていたポラリスは、そのまま小さく首を傾げる。


「父様って、どうしたの? さっき庭で一緒にいたでしょ」


 が、フェルカドがそんな話題を提供した瞬間、彼女の表情が分かりやすく曇ってしまった。


「あ、えぇ。旦那様は……ええと、何でも突然ゾドガ様の……屍龍鬼(しりゅうき)の故郷が手酷い壊滅状態に陥ってしまったと、本当に慌てた様子でいらっしゃって……それで、せめて地形だけでも戻せないかと旦那様に深く頭を下げられてね……そのまま一緒に転移していってしまったのよ」


 恐ろしいこともあるものね、と不安そうに締めくくる母。

 三男は頭痛をこらえるかのごとく皺を寄せた眉間を揉みながら、妙に重たく感じる口を開いた。


「あー……ソレ、その、アレだ、母様…………アクル兄上の仕業なんだ」

「まぁっ」

「そーなのー?」


 フェルカドの密告に、驚きを隠しきれない様子のポラリスと、目をパチクリさせながらも特に思うところは無さそうなハテルマ。


「そう。そうだったの。

 アーちゃんったら、いつまで経ってもヤンチャなのね。

 元気なのは良いことだけれど、あまり皆様に迷惑をおかけしてしまうのは困るわ。

 あぁ、私、どうしたらいいのかしら……」


 次兄の愚行に、憂う瞳で吐息を零す母親は、実の息子であっても即座に手を差し伸べたくなるような儚げな麗しさに溢れていた。

 さすがに恋愛感情こそ抱かないものの、フェルカドのマザコンはまた一歩、末期状態に近付いてしまったのである。

 家族を守るためにと裏でコソコソ鍛えている、現時点で父を除いて最強の魔物である三男が、内心で「母様を悲しませやがってあの脳筋野郎、消すか」などと一応守護対象に入っているはずの兄の抹殺を計画していると、それに被せるように妹から彼とは違う純粋な提案が上がってきた。


「お母様、困ってるの?

 ボク、アクルお兄ちゃんにメッしようか?」


 すぐに脳内検証してそこそこ納得のいく効果を認めたフェルカドは、自身の物騒な思考を切り上げて、ハテルマの言葉に同意を示す。


「うん、それがいいよ。

 アクル兄上も、目に入れても痛くないぐらい可愛がってるハテルマからボコボコにされたら、少しは大人しくなるでしょ」

「……そういうものかしら」


 頭の中でも現実でもほとんどお花畑に住んでいるような暴力に縁のないポラリスが頬に手を当て悩んでいるところへ、三男は後押しのセリフを重ねて紡いだ。


「好き勝手してるのが悪いんだから、たまにはお灸を据えてやらなきゃダメだって。

 いつもいつも、母様は甘すぎるんだよ」

「んん、そう、そうねぇ。フェルくんがそう言うなら……。

 じゃあ、ハーちゃん。お願いしてもいいかしら?」


 そうして、末弟に説得されてしまったゆるふわ母が、それでも気が進まない様子で娘に頼んでみれば、当の彼女は元気なアイドルジャンプで予想外の方向のやる気を見せ付けてくる。


「はぁーーいっ、お願いされたーーーっ!

 ボク、頑張ってアクルお兄ちゃんをメッタメタにするねっ!!」

「えっ。あの、ハーちゃん。ほどほどに、ね?」

「大丈夫だよ。あの脳筋のことだから、どれだけボロボロにされても、またすぐ忘れて暴れ出すって」

「ううん、それはそれでどうなのかしら……」


 こうして、次兄本人の全く与り知らぬ場所で、兄弟内で最も高い能力を有して生まれてきた天然最強末妹による公開処刑が決定されてしまったのであった。





 そんなこんなで夕方。

 寂しがりやの母親のおねだりが切っ掛けで絶対のルールと化した家族揃っての夕飯のため、食堂に集まった兄弟たち。


『すまない。待たせたか、ポラリス』

『あぁ、旦那様。良かった。

 このまま夕餉のお時間に間に合わないのではないかと心配しておりましたのよ』

『うむ』


 扉の向こうで魔王の帰りを健気にも待ちわびていたポラリスの、安堵に満ちた声が響いたかと思えば、次いで、子どもたちの元へ当たり前のように母親の腰を抱き伴った父親が入室してきた。


「さて、皆揃っているな……食事の前に、まずはアクルクス」

「何だよ、親父」

「お前には後で少し話があ…………お、おい、その腕はどうしたっ」


 家長ぶってやたらと威厳を滲ませながら言葉を連ねる魔王だったが、それも次兄の惨くも引き千切られ尽くした十二の腕の痕を視界に入れた瞬間、見事に崩壊してしまう。


「まさか屍龍鬼共か!?

 アヤツらぁ、ワシの息子に無体を働いておきながら厚顔無恥にも被害者ぶっておったのかぁぁ!!」


 かつて人も同族すらも等しく恐怖の渦底に陥れた異形の王は、至上の妻を得て、現在では立派な親バカとして退化していた。


「お父様、違うよーっ!

 アクルお兄ちゃんがお母様を困らせてたから、ボクがメーッてしたのぉー!」

「全く。父上も家族のこととなると大概見境がありませんね……魔王たるものが嘆かわしい……」

「普段から父君の言動を間近で見ておいて、よくもまぁまだそんなセリフが出せるものじゃのぅ、お兄様」

「むっ?」


 即座に否定の声を上げた次女や、続いての長男長女の反応により、激昂から醒めるバカ親もとい魔王。


「ハテルマの言う通りってことだよ、父様。

 アクル兄上は屍龍鬼たちからはちょっと汚されたくらいで、怪我なんてほとんど負ってなかったから。

 ていうか、そんなこと実力差を考えればすぐ分かるじゃん」


 そこへ、三男からの冷静な説明が入り、ようやく状況を理解した彼は、見当違いの怒りで我を忘れた己を恥じるようにひとつ咳払いをしてから再び口を開いた。


「そ、そうであったか。

 しかし、その、ポラリスを困らせた、というのは……?」


 その問いに応えたのは、いつもの通り彼の膝の上に座っている妻本人だ。


「旦那様、そんな大層な話ではありませんのよ。

 アーちゃんがまだまだヤンチャで、屍龍鬼さんたちに迷惑をかけてしまったのが申し訳なくて……そう、私は母として子の教育の至らぬ自身に落ち込んでいたのです。

 そこで、その場にいたハーちゃんとフェルくんが私を案じてくれて……それで、アーちゃんをダメな母の代わりに叱ってくれたんですの」

「あー……」


 椅子の上で居心地悪そうに身じろぎする次男が未だに再生能力も使わずにいる理由を察して、魔王は返す言葉に難儀した。

 さしもの彼も、注意を促そうと呼び出しをかけたはずのアクルクスが、とっくの昔に同件で最愛の妹から、しかも相当に手酷い形で制裁を受けていたとは、思いも寄らなかったのである。


「悪かったって、お袋。もうしねぇよ」

「へぇーえ、どうだか」

「その言葉、私はもう何度も聞いた覚えがあるのですがね」


 落ち込む次男へ、兄弟二人からの嫌味が飛んだ。

 魔王は同情した。


「しかし、その……何だ。

 腕を全てもぎ取ってしまうというのは、さすがにやりすぎだったのではないか?」


 視線をさ迷わせながら、彼は常の通り平静とした態度の家族に告げる。

 かつては血を好む残忍な怪物であったはずの王だが、現、親バカの父としては、力づくで無理やりに裂かれた息子の無残な傷跡を見続けるのは流石に忍びないらしい。


「えー。アクルお兄ちゃんにはまだ背中の触手があるでしょ?

 別になくても困らないよー?」

「そうじゃの。父君が息子に甘すぎるのじゃ」

「むむ……」


 娘二人にそう言われ、語る口を無くしてしまう魔王。

 しかも、次の瞬間には、同情した当の本人から何事もなかったかのように話を振られるものだから収まりも悪かった。


「で、親父。話って何だ。

 飯の後ででも親父の部屋に行きゃあいいのか?」


 その問いに、数箇所からため息が飛んだ。

 魔王を除いた六人の内、彼が話そうとしていた事柄について察せていないのは、唯一次男だけだったのである。


「あ、いや……その件はもう良い。

 お前は今日はもうゆっくり休んでいなさい」


 自らで受け入れている罰とはいえ、肉体の一部を失えば様々な感覚が異なるものだと、父は少々頭の足りぬ息子に温情をかけた。


「そうね。腕のないアーちゃんにムリはさせられないわ。

 今日は夕餉を終えたら、すぐにお布団に入って安静にしているのですよ」

「げーっ、かったりぃ」


 魔王に重ねて軽く眉尻を下げた母親もその心を紡いだが、戦闘狂の次男には子を心配する彼らの気持ちは伝わらないものらしい。


「まーた、この両親は。そうやって、とことん甘やかすんだから」

「父上も母上も、腕がない程度でどうにかなるアクルクスじゃあありませんよ……」


 長男と三男が呆れた様子で呟きを零せば、直後、すでに話題に飽きていたらしい末妹から項垂れた声が上がる。


「ねー、お話もう終わったー? ボクお腹ぺこぺこー、早くご飯たべたぁーいーっ」

「おぉ、ハッティ。飢えておるのか、可哀相にのぅ」


 嘆くハテルマに、一際妹に甘い姉のミモザが反応して腕を数メートルほど伸ばし、机に突っ伏した彼女の頭を撫でた。


「父君。まだ話があるならば、食事をしながらでも問題はあるまい?」

「……あ、あぁ。良かろう。給仕を頼むとしよう」


 軽く娘に睨みつけられ、冷や汗かきかき頷く異形。

 もはや彼の父親としての威厳は地に落ちまくっていた。


「わーい、やったー! ごはーん、ごはーん!」

「こら。ハテルマ、落ち着きなさい。

 あまりはしゃぎすぎると、当の食事に埃が入ってしまいますよ。

 それに、貴女ももう立派な女性なのですから、もう少し淑女らしい振る舞いというものを身に付けていかなければなりませんよ」

「ホント、コカブ兄上は小姑だなぁ」

「別にちっとばかしゴミが混ざったくらいで、ハテルがどうにかなったりしねぇだろ」

「アクルよ、お兄様はそういうことを問題にしておるのではないと思うのじゃが」


 兄弟同士で遠慮のない言葉を交し合う様を前に、母ポラリスが幸福そうに笑みを深めて小声を零す。


「うふふ。みんな仲良しねぇ」


 そんな妻の囁きを耳にとめ、ボソリと呟く魔王が一人。


「まぁ、一番の仲はワシとポラリスだがな……」


 途端、食堂内は沈黙に満たされ、冷えた空気が彼らを覆った。


「はぁ……父上、その発言は少々空気を読めていないかと」

「うぇ……親父、ガキみたいなこと言ってんなよ」

「あー……父君、妾は父君のような父君を持って恥ずかしいぞ」

「うん……父様、さすがにその発言は無いと思う」

「ごーはん、ごはーんっ」




 魔王一家は、本日も至極平和であった。



おまけ(三男二女の簡易キャラ設定)



 長男 コカブ

 一人称:(わたし)

 親兄弟の呼び方:父上、母上、弟妹は全員省略なしの名前呼び

 真の姿の魔王の小型版。ドラゴンサイズからネズミサイズまで変更可能で、無理やり凹凸を操作してシルエットだけは人型らしき形になることもできる。が、その完成度は低い。見た目に反して性格は非常に真面目で、苦労性のオカン気質。自由奔放な家族に代わって内政を一手に引き受けている。



 次男 アクルクス

 一人称:俺

 親兄弟の呼び方:親父、お袋、兄貴、ミモ、フェル、ハテル

 省エネタイプの魔王を少々細くして黄金の(たてがみ)を付け、背中から更に大量の触手が生え伸びたような見目をしている。何事にも大雑把でガサツな性格。戦闘狂で、よく父親に構ってもらっている。家族の中では比較的雑な扱いを受けるが愛されていないわけではない。



 長女 ミモザ

 一人称:(わらわ)

 親兄弟の呼び方:父君、母君、お兄様、アクル、フェル、ハッティ

 真の姿の魔王の肉体を千切り取って、母そっくりの形に成型したような姿をしている。サイズも母と同じ。プライドが高く誰が相手でもツンツンした態度を取るが、血の繋がった家族にだけはデレデレで甘えたがり。妹を溺愛している。女の子らしい可愛い小物や色合いを好む。



 三男 フェルカド

 一人称:(ぼく)

 親兄弟の呼び方:父様、母様、コカブ兄上、アクル兄上、ミモザ姉様、ハテルマ

 ポラリス姫の男性版といった人間の姿と省エネ時の魔王の劣化版といった魔物の姿の両方を取ることができ、普段は母親に似た人の形でいることが多い。母にデレデレの父を格好悪いと貶したり、長男を小姑とスルーしたり、次男を脳筋とバカにしたり、何かと反発したいお年頃だが、女性陣には全く適わない。



 次女 ハテルマ

 一人称:ボク

 親兄弟の呼び方:お父様、お母様、コカブお兄様、アクルお兄ちゃん、お姉様、フェル(にぃ)

 闇堕ちしたポラリスのような見目。髪色が朱、眼球が完全な漆黒一色で、異形要素として腕にも同様の眼球がいくつか埋まっており、髪や指先を触手のように伸ばし操ることが出来る。三男の真似をしてボクっこ。周囲からちやほや可愛がられることに余念が無く、意外と計算高い一面を見せる時がある。

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