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悔しいけど日々幸福なのよね

結婚して半年~1年後くらいの話です。



 魔の跋扈(ばっこ)する死の山岳一帯で日課の修行ついでに肉を狩り、自らの消費分を残して町で金に換えた後、そこから少し離れた草原地帯にぽつりとひとつ建つ自宅に戻る。

 結婚当初、妻に余計な苦労をかけまいと老神父の目の届く範囲で新居を構えようとしたのだが、その気遣った相手本人に世界唯一のトリプルである自覚を持てと窘められて、人里から少々距離のあるこの場所に居を構えることとなった。

 修行の場を求めて世界中をさすらっていた俺が定住の場を設けることで、これまでは偶然の邂逅を夢見るしか出来なかった様々な目的を持つ輩が訪ねて来るようになるだろうというのだ。

 それを聞いた時、今日(こんにち)まで積極的に他人に近付かれた記憶の薄かった俺は、その提案を受け入ながらも少々杞憂に過ぎると思っていた。

 だが、いざ生活を始めてみれば、妻の言の正しさはすぐさま証明されることとなる。

 弟子志願や決闘志願は引きもきらず、災害獣の討伐依頼や未踏地帯での採取依頼、バカげた暗殺依頼なんかもあったし、ただトリプルを一目見たかったなどという興味本位で訪れるような観光気分の来客もあった。

 迷惑な人間というのはどこにでもいて、これで自らの予定通り町に住処を求めていれば一体どれだけの町人に被害が出ていたものかと想像すると、当時の彼女の英断には自然と頭が下がる。

 更に、やがて妻が面会可能日時や各種対応別の料金を定め、良識にのっとった規則や罰則を作り徹底・周知させたことで、日常を不当に侵される回数も格段に減ったし、黙っていても金に困らない生活を手に入れることができた。

 近郊の町でもジワジワと彼女の作った規則が浸透し、これまで何をするにも我先にと争っていた人々が自然と順番待ちの列を作るようになっていたり、人種や性差やその他様々な偏見で不当な扱いを受けていたような者にも平等な機会が与えられるようになったりと、人間の起こすいざこざが目に見えて減少したとして特に町長や自警団などに感謝の意を向けられたりもした。

 俺の前でこそ、だらしないニヤケ顔や無駄に大げさな悶え姿ばかりを見せつける珍妙な妻だが、これまで修行一辺倒で世情に疎い己が新たな日々を得ようとする中で、彼女の叡智にはどれだけ助けられたか知れない。


「帰ったぞ」

「おかえりなさぁーい、あなたぁぁ、はぁあああぁぁああぁん好きぃぃぃ。

 今日も私の旦那様が世界一すぎて心がしんどいよぉぉぉ」

「そ、そうか……」

「あっ、修行の成果はどうでしたぁ?」

「別にいつも通りだ」

「まぁぁ、それなら良かったわぁ。

 ねぇ。御飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も、ブラッシングぅーー?

 きゃあーーんっ」

「………………飯で」

「はぁーーーーい、すぐ用意するからテーブルについて待っててねぇーーーんっ」


 自分の前でどれだけ惑いの妖精メイロウの如き奇行に走られようと、無頭の少女フラウのような脳の足りていなさそうな言葉をかけられようと、狂気と陽気の双頭神パルペイすら怖気づく勢いで日々迫られようと、俺は彼女に感謝しているのだ……。


『はぴはぴないすとぅーきゃーっつ、へーい♪

 キミっにひとめぇでボクはむちゅーうっさぁー、にゃにゃーん♪』


 だから、常に全力で体当たりしてくるような激しさの愛され方ではなく、もう少し普通に可愛らしい愛情を向けられてれてみたい……などとは思っていない。

 全く思っていないんだからな、マニラニ。




~~~~~~~~~~




「そういえば、今日、町に買い出しに行った時にバルと同じ猫系のダブルエボリューショナーがいたよー。

 もしかしたら、近日中に面会希望でもあるかもね」


 風呂上りで未だ水気を含む毛皮を妻のたっての希望で拭わせていると、動かす手を止めぬまま彼女がそんなことを言ってきた。

 って、おい、待て……俺と、同じ……だと。

 なんだそれは。


「どんな奴だ」

「え? えっとぉ、ロシアンブルー……って、言っても分からないよね、ゴメン。

 すらっとした細身の体型で、グレーっぽいサラサラの短毛と青に近い緑のキレイな瞳が特徴の、なんていうか、高貴な感じのする美形ネコ……いや、人だったよ」


 背側にいるため今マニラニの表情は見えないが、しかし……細身の美形……だと……。

 くそっ、俺と正反対じゃないか。

 そんな夫の俺にも言わない褒め言葉を堂々羅列してくれやがって。

 お前、まさかとは思うが……。


「後悔でもしたか」


 いやに卑屈な気分が盛り上がり、気付けばそんな言葉を吐いていた。


「どういう意味?」


 険を含んだ声色に気付いたのか、手を止めて問い返してきた妻へと、自身の濁った心の内を抑えることもせず吐露してやる。


「美形のダブルを見て、俺みたいな化け物ブ男の妻になったことを早まったと後悔したんじゃないか」


 およそ最低な発言であるとは理解していたが、ドス黒い感情に飲まれて己を律することが出来ずにいた。

 ダブルの存在自体珍しいというのに、まさか同じ猫型の獣性を持つ男が現れるなどとは思ってもいなかった。

 マニラニだって女だ。

 同じ毛皮持ちなら、見目の良い方を選んだっておかしくはない。

 だが、そんな俺の悶々とした想像は、前方に回りこんできた妻の見たこともない表情を前に軽々吹き飛ばされてしまう。


「……あぁ? 何? 何言ってんの?

 その三つ目と三尾の猫又様っぽさの魅力ナメてんの?

 あなたの絶妙ひしゃげ顔の愛らしさに適う存在があると思ってんの?

 ガッチリ大きな身体のサラフカモッフい毛皮に包まれる以上の幸せがあるとでも?

 そのくせ性格男前で誠実で更に強いっていうギャップ萌え甚だしいバルと夫婦になったことを後悔?

 は? 本気で言ってる? 化け物ブ男? はぁぁ?

 ケンカ売ってる? え? 売ってる? だったら、普通に買いますけど?

 例えバル本人でも、バルのことそんな風に言うとか絶許(ぜつゆる)なんですけど?」


 こわっ。

 ま、真顔でお前……。


「あ……いや、その……悪かった……」


 彼女の強いなまなざしに耐え切れず、ゆっくりと視線を右方向へ逸らしつつ、ドモる声で謝罪の意を示せば、呆れたようなため息が耳に届いてきた。


「…………ヤキモチですか、マイダーリン」


 ズバリ図星を指されて、ついバツの悪さに黙り込んでしまう。

 沈黙の続く中、やがて視界の端で妻が床に崩れ落ちていった。

 な、なんだ。どうした急に。気分でも悪くなったのか。大丈夫か。

 しゃがみ込んで顔面を手の平で覆う彼女の頭上に、触れていいものかと半端に両腕をさ迷わせれば、そのすぐ後に想定外の呟きが下方から漏れ聞こえてくる。


「あーあー、もう、ズルいんだから可愛いんだから」


 えっ。


「仕方ない人ね。

 抱っこしてくれたら許してあげましょう」


 そう告げて、はい、と妻が俺を見上げながら片手を差し出してきた。

 苦笑いを浮かべつつも、彼女の頬は薄っすらと朱色に染まっている。

 くっそ、お前、何だよ、そんな……か、可愛いのは、ズルイのは、お前の方じゃあないか。

 ふんっ、男としての俺のことは愛してなどいないくせに。


「……お前の好きな毛皮はまだシケっているが?」


 所望通り抱き上げてやりながらも、そんな憎まれ口を叩けば、彼女はわざとらしく唇を尖らせつつ俺の首に細腕を回してくる。


「毛皮よりバルの方が好きだからいいんですぅー」


 あーあーあー、俺の妻が最高すぎてツライ。

 って、何言ってんだ俺は……マニラニに影響されすぎだな。


 肩口に額を押し付けてくる妻を、両腕で抱き込むに飽き足らず尾まで全て巻きつけ囲い込めば、彼女はいかにも幸せそうに笑い声を上げていた。

 未進化の只人にとって、もはや異形の怪物にも等しいだろうトリプルエボリューショナーの俺に、こんなにも分かりやすく執着されているというのに……本当に彼女の何と無防備なことか。


「はぁ………………好き……大好き」


 あぁ、くそっ。マニラニめ。

 俺をこんなにも幸せな気分にさせてくれやがって。

 愛しくて仕方がないだろうが。



 どんな災厄も脅かせぬ世界で唯一の超越者が、ただの非力な女に一生敵いそうにないというのだからお笑い草だ。

 しかも、それも悪くないなどと至極簡単に受け入れてしまっているあたり始末に負えない。





 ちなみに、その数日後、決闘希望だといって現れたダブルの猫男を容赦なくボロ雑巾にしてやったなどという少々情けない事実は、毛皮びいきの最愛の妻にだけは未来永劫内密の話である。




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