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終末ロボット天国



 前世持ちロボオタ女が念願のロボ婚を果たしてより約半年が経過した。

 彼らは現在、三階建ての小さなビルを借り、一階部分を骨董品屋として、二・三階部分を居住域として、夫婦水入らずの生活を満喫している。

 前世由来の西暦古物鑑定能力によって、妻はいくつかの大口顧客を得ており、それを除けば暇も多い商売ではあるが、比較的安定した収入を得ることに成功していた。

 夫の元VIP専用ガードマンロボは、今は妻専用のボディガードとして主夫じみた日々に興じている。


 そんな平穏の続く、ある日のこと。


「いらっしゃいませー」


 店舗入口の鈴の音に合わせて女がカウンターの内側から定型文を飛ばせば、たった今扉から侵入を果たした何者かが、店の奥へと進みながら声を返してきた。


「あぁ、すまねぇ。店の客じゃねぇんだ。

 ここにアークって野郎がいるはずなんだがよ」


 言いつつ、深い藍色の外套で全身を覆った巨体がカウンターを挟んで女に向かい合う。


「あ、はい。アークですね。

 では、すぐに取り次ぎ致しますので、お名前を頂戴してよろしいですか?」

「おう、俺はエンジュだ」

「エンジュ様、かしこまりました。少々お待ちくださいませ」

「頼むわ」


 商売人らしく愛想笑いを浮かべた女は頷きと共に通信具へと手を伸ばし、やがて目的の相手と繋がったのか耳に手を当てながら俯きがちにしゃべり始めた。


「…………っあ。もしもし、アークですか?

 ホープコーポレーションで自社の建機や災害救助ロボを基礎として新造された防御特化型ガードマンロボの、先日発表された最新型から数えて二世代前のマックスガードシリーズ、その中でも特に珍しいミニシェルター変形機能を搭載したP-HMG3017Bタイプで個体名をエンジュ様とおっしゃる方が店舗カウンターにお見えになってるんですけど……」

「待て待て待て待て待て、俺名前しか名乗ってねぇよなっ!?」

「え? ……あぁ」


 精々手先足先しか露出していないはずの厳ついロボの正体をひと目で正確すぎるほど正確に見破ったらしい女へ、エンジュは反射的に驚きの声を上げる。

 そんな彼に対し、彼女は一瞬頭上に疑問符を浮かべた後、すぐに何かに納得したように頷いた。

 それから、通話口を手の平で塞ぎ、何でもないことのようにこう言い放つ。


「ふふ、大げさですよ。

 そんなにも特徴的なシルエットと専用アームパーツをそのままにしていらっしゃるのに。

 少しでも詳しい者なら、誰だって見当がつくと思いますよ?」

「いやいやいや、そんなもんちょっと詳しいってぇレベルじゃねぇだろ!

 いったい今この世の中に何千何万種のロボットが存在してると思ってんだ!?」


 感覚としては、エンジュの言い分が正しい。

 例えば、現在までに発売した世界中の携帯電話の製造社や機種や見た目に製造時期、更にその取替えパーツ等を全て事細かに網羅している人間がいたとすればどうだろうか。

 存在しないとまでは言わないが、まず滅多に見かけるものではないだろう。

 しかも、この世界のロボットたちは、そんな携帯電話の比ではないほど今日(こんにち)まで多種多様に生み出されてきているのだ。

 その事実から考えれば、少し詳しい程度の者が(そら)んじられる情報量を彼女のソレは完全に逸脱していた。

 仮にもし彼がアークの破壊でも依頼されて来ていたのだとしたら、これほど任務遂行の邪魔になる者もいないだろうと考え、エンジュはひ弱そうな女への警戒値を一気に高める。

 と、そこへ、カウンター裏の扉からアークが姿を現し、女を見下ろす無骨なロボへと非難するような声を投げた。


「エーンジュ。突然現れて早々、私の妻に難癖をつけるのは止めてもらおうか」

「ぴゃぃッ」


 そんなセリフを吐きつつ、自然な動作で女の腰に長く細い金属質の腕を絡めれば、彼女は一瞬で顔を真っ赤に染めて奇妙な鳴き声を発した。

 ロボオタ女の不意打ち接触への脆弱さは未だ健在であった。


「おおーっ、アークぅ。久しぶりだなぁー……って、妻?」

「あぁ」


 馴染みのロボから憮然とした態度で頷かれ視線を下ろせば、ひぃひぃと両手を突っ張り彼から離れようとしている凡庸な女の姿が映し出される。

 彼はそんな彼女に逆らわず、撫でるような動きで腰から腕を外していた。


「なんだよ、てっきり店の従業員かと思ったぜ。

 こいつぁ、とんだ失礼を」

「あ、いえ」


 エンジュが軽く頭を下げると、深呼吸で気を落ち着かせていた女が、ほぼ反射的に首を横に振って応える。


「ライカ。エンジュは私の元同僚で、例の相談所に勝手に登録してくれた男だ」


 アークが皮肉混じりにそう告げれば、その妻ライカは目を瞬かせてエンジュを見上げた。


「あらまぁーっ、それはそれは。いつも主人がお世話になっておりますー。

 あの、私は彼の妻で、ライカと申します。

 貴方様のおかげで、このように良き縁に恵まれまして。

 ふふ、本当。いくら感謝しても、し足りません」

「お、おう。いや、えーと、ご丁寧にどうも。

 俺ぁアークの元同僚のエンジュだ」


 先ほどの接客用の愛想笑いと違って分かりやすく心からの笑みを浮かべたライカが、年齢にそぐわないババアみ溢れる挨拶を繰り出す。

 そんな彼女の変わり身の早さにたじろぎつつも、エンジュは後頭部に手を置いて彼女に返礼した。

 互いの紹介が終わったとみて、アークが元同僚へと抑揚の無い声色で問う。


「それで、何の用だ」

「あー、いや、用ってぇか。

 ただずっと何にもやる気の無かったお前さんが突然結婚しただなんて言い出すからよぉ。

 ちょうど前の契約が終わって次までしばらく空きが出来たんで、ちょっくら様子見でもと思ってよ」


 無気力が過ぎて浮浪者のような有様になっていたアークを知っているエンジュは不安だったのだ。

 よもや、自棄を起こして金大事己大事のろくでもない女と適当に籍を入れでもしたのではないかと。

 そもそも、あの目も当てられない状態のアークを見初める人間がいるとは考えてもみなかっただけに、メールで知らせを受けた時、エンジュはコアが停止するほど仰天した。

 かつての同僚が愚かな選択をしたなどとは思いたくなかったが、どうしても不安の拭えない彼は、こうして直に現状を確認するために、わざわざ休暇を取り訪ねてきたのである。

 空きが出来た、というのは友に気を使わせないための嘘だった。

 人に役立つ建機や災害救助ロボを元に造られているためなのか、ともかく彼は口調に似合わずかなりのお人好し……いや、おロボ好しの男だった。


「そうか。ならばもう目的は達したな。速やかに帰れ」

「おぉぉい、なんだなんだ、冷てぇなっ!?

 せっかく遠路はるばる訪ねて来た友を早々に追い返そうとすんなよっ!」

「そうですよ、アーク。

 エンジュさんは貴方のことを心配していらっしゃってくれたのですから。

 ほら、積もる話もあるでしょうし、応接室にお通ししてはどうかしら?」


 淡々とエンジュを帰らせようとする夫に、よそゆき丸出しの態度でライカが(たしな)める。

 しばらく無言で彼女に視線を合わせていたアークは、やがて渋々といった体で低く呟いた。


「………………妻に感謝するんだな、エンジュ」

「だから、なんでそんな敵意向けられてんだよ俺ぁ!?」


 言ってしまえば、「ロボットオタクの妻が性能も見目も性格も悪くない独身の元同僚を例え恋愛的な意味でなくても気に入りなどされると気分が悪いから」なのだが……事情を知らぬ生粋のガードマンロボであるエンジュが、そんな彼の嫉妬めいた心情を理解することなど出来るはずもないのだった。




~~~~~~~~~~




粗油(そゆ)ですが……」


 応接室のソファに腰を下ろしたエンジュの元へ、楚々とした仕草でライカが三百ミリリットルの飲料用オイル缶を差し出す。


「おおっ、ゲンバイのガバラオイルじゃねぇか!

 いやぁー、いいのかい? すまねぇなぁ、奥さん」

「いいえ。どうぞごゆっくり」


 子どものように喜色を露わにする防御特化型現役ガードマンロボ。

 それを目に、うっそり微笑んでから、彼女はゆっくりと踵を返した。

 油出しのために席を少しばかり外したが、骨董品屋は夫婦二人で経営しているため店番に戻らければならないのだ。

 それから部屋の扉が閉まったのを確認して、エンジュの正面に座すアークが常には似合わぬ悪態をつく。


「……まったくヘドロでも出しておけば良いものを」

「さっきからあんまりじゃありませんかねぇ、アークさぁん!?」


 以前同僚であった頃よりも明らかに粗雑に扱われている実感ありありのエンジュがそうツッコミを入れれば、顔面を妻の消えた扉へと向けたアークが彼を見ぬまま小さく言った。


「お前のようなガサツな男にいつまでもウロつかれては、彼女の目に毒だ」

「あぁーん?」


 セリフの意図が読めず、エンジュはフード奥のゴツイ顎部分を角ばった右手パーツで撫でさする。

 その数秒後、何かに思い至ったらしい彼は、身を乗り出すようにしてこう尋ねた。


「…………もしかしてオメェ、嫉妬か?」


 アークからの返答はない。

 しかし、彼から否定の言葉が出なかったことで、逆に肯定とみなしたエンジュは、キリキリと忙しなく視界カメラのピントを切り替えながら呆れた声を出した。


「うぅわぁ、クソ生真面目で効率主義のあの冷徹アークが?

 嫉妬? マジ……?

 別に俺ぁお前の女のことなんかどうとも思ってねぇし、あっちだって俺のこたぁあくまでお前の友機としてしか見てねぇだろうがよ?」

「そんな心配はしていない、妻は私一筋だ。

 余計な詮索で彼女を愚弄するな」


 エンジュの零した言葉に対し、今にも攻撃を仕掛けそうな不穏な空気を纏ったアークがまくし立てる。

 仕事をする上で、どんな危機的状況でもその冷静さをほとんど崩したことのない一体のロボが、色恋ひとつにこうも乱されるものかと、エンジュは密かに戦慄した。


「おっ、お前……なんつーか、変わったなぁ」

「…………別に。今も昔も、私は私だ」




~~~~~~~~~~




「ふーん、ロボットオタクねぇ。どぉーりで」

「何だその言い様は。お前に彼女の何が分かる」

「うおお、面倒臭ぇ。いちいち嫉妬してくんじゃねぇよ、どんだけ余裕ねぇんだよ」


 ライカが同席していないこともあり、何だかんだで雑談に興じていたニ機。

 しかし、仕事関係から夫婦の馴れ初めに話題が流れた辺りで、アークが無自覚にノロケつつも何くれと気色(けしき)ばむようになり、ほとほと呆れ果てたエンジュは人間であれば舌でも出したい気分に陥っていた。


「お前の女が外套で全身隠してた俺の型を一発で当てやがったから、どっかの工作員なのかとかコソっと疑っちまってて、それが今ので解決しただけだって」

「……あぁ、そうか。

 確かに、私も初対面の時は同じように考えたな」

「へぇ」

「だが、彼女は万をも越えるロボット知識を真実、趣味で有しているだけなのだ」

「おっそろしい話だぜ」


 目の前の男に高性能の嘘発見機能が搭載されていることを知っているため、エンジュは彼の言葉を疑うことなく、ただそのまま受け入れる。

 本心なのか冗談なのか分かりづらい声色で肩パーツを竦める元同僚へ、アークが共感するように頷いた。


「あぁ、恐ろしい話だ。

 彼女の知識によって未然にひとつのテロ行為が防がれたこともある。

 大型デパートで清掃ロボに擬態していた非公式改造戦闘用ロボを一目で見抜いたのだ。

 更に妻はその目と耳でもってロボットの内部構造を丸裸にすることができる。

 お前の歩行音を聞き不調な箇所を当てるくらいは、楽にやってのけるだろうな。

 ひとたびライカのサポートを受ければ、今の私の不甲斐ない身でも、ともすれば以前以上の活躍を見せることが可能となる」

「はぁぁぁ!? いや、さすがにソレは有り得ねぇだろ!」


 驚愕に叫ぶエンジュ。

 アークの説明に虚偽が含まれていないとすれば、それはもはや人間の域を超えている。

 外観と音のみで内蔵機関を見抜くなど、修復を専門とするロボットにしても不可能なのだ。

 彼らは一様にして透過機能を搭載している。

 また、不適合なコアを使い続ける今のアークは、長くても五分に満たない程度のごく短時間しか戦闘を行うことができない。

 だからこそ、二十四時間体制で戦闘行為が可能であった全盛期を超える活躍など、エンジュの言うとおり有り得るはずがないのだ。

 ロボットオタクだの趣味だのといったチャチな理由では、到底納得のできる話ではない。

 しかし……。


「私は嘘は言わない」

「あーっ…………あぁ、あぁ、そうだった。お前は、昔からそうだったな」


 彼らが仲間であった頃のままの無慈悲な冷静さでそう断言されれば、エンジュはため息でもつくように軽く俯きながら、その内心で何とか己の常識を抑え込み異常な現実を受け止めるしかなかった。

 彼が事実を飲み込んでからの理解は早い。


「ってことは何だ、アーク。お前これからどうすんだ。

 奥さん連れて、ガード復帰すんのか」


 彼の話が本当に真実だとするならば不可能ではないだろうと判断してのエンジュの問いかけだったが、アークは即座にそれを否定した。


「まさか。今の私にライカとの平穏な生活を護る以上の目的はない。

 たかだか金のために依頼主を妻以上の護衛対象として見ることなど到底できん」

「お、おう。本当に変わったなぁ、お前」


 ガードマンロボとして製造されながら、その生き方を大きく逸脱する未来を選んだ元同僚へ、エンジュは心の底からそう告げる。


「何が言いたい」

「いや、悪いアレじゃねぇんだ。

 一応、ホラ、俺が無理やり結婚相談所なんかに登録しちまったからよ、その責任じゃねぇけど、気になってたからよ」


 焦ったように手を振るエンジュ。

 そんな彼に対し、これまでになく穏やかな声でアークが語り出した。


「…………そうか。

 当時はお前の押し付けがましい親切心に随分と辟易させられたものだが、今となっては感謝している。

 こうしてもう一度生きる意味に出会えたのだからな」


 しみじみと呟かれた彼の言葉に、エンジュは特に痒くもない後頭部を左手で掻きながら、照れくさそうに口蓋を開く。


「んだよ、大げさだな。

 まぁ……アークが今、ちゃんと幸せだってんなら、俺はそれで良いんだ」

「本当に世話になった、礼を言う」

「だから、気にすんなって。こっちが勝手にやりたくてやったことだぜ?」

「それでもだ」

「フッ、そういう融通の利かねぇトコぁ変わんねぇな」


 ひどく遠回りをしながらも、ようやく互いが互いにその目的を達した二機。

 それから数秒後、彼らはどちらともなくゆっくりと席を立った。


「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」

「あぁ。また暇になったら顔を出せよ。次は少しくらい歓迎してやる」

「どうだかな」


 冗談めいた言い分に、アークがサブアームを伸ばして軽くエンジュの肩口を突く。

 その行為には、彼らの友情を感じさせるだけの確かな親しみが含まれていた。





「あら、もうお帰りですか?」


 応接室を後にして、店舗へと戻って来た二機に気付き、ライカがそんな声をかける。


「あぁ、奥さん。今日は突然邪魔しちまってすまなかったな」

「いえ、そんな。とんでもない」

「アークの奴ぁ、何でも出来るようで意外と抜けてっトコあっからよ。

 その……よろしく頼まぁ」

「っあ、は、はい」


 おもむろにフードを脱ぎ、改まって深々と頭を下げるエンジュに、間近で希少種なロボの頭部を拝めたことに興奮し薄く頬を染め、なんとか返事をしつつもぼうっと見とれるライカ。

 そんな妻の姿を見て、音速で二階台所から小坪を掴んで戻ったアークは、次の瞬間、弾丸の如き勢いで中身の塩を投げつけつつ、低く唸るように吐き捨てた。


「二度と来るな」


 その粒たちの威力は、防御特化型のエンジュでなければ貫通していたかもしれないほどに強かったという。


「きゃあっ、ちょっ、アーク!?」

「っうぉお、あぶっ、危ねっ!

 テメェ、やっぱ変わりすぎだろアぁーーーク!!」


 尚も塩を投擲し続ける元VIP専用ガードマンロボと、必死に逃げ去る現防御特化型ガードマンロボ。



 彼らの友情がその後どうなったのか、それは神のみぞ知る遥か未来の地球の話。






 おしまい。

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― 新着の感想 ―
[良い点] かわいい夫婦ですね。 末長く終末の世界を楽しく生きてください。 [一言] 短編から飛んで来ました。 妻の女の子の方も優しくてかわいいくて、続きを気になって読みに来ました。
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