二章一節 - 八百屋の協力者
「大斗先輩いないんですか?」
翌日、与羽は早朝から城を出て大通りを下り、八百屋の前まで来ていた。後ろには壁のように雷乱。昨日のように帰りが遅くなることを危惧して、番犬のごとくついてきた。
「そうなのよ」
自称八百屋の看板娘――中年の売り子が答える。
彼女は九鬼数子。中州最上位の武官九鬼北斗の妻で、大斗・千斗兄弟の母親だ。
「おっ、これはこれは小さな姫君」
隣の鍛冶屋で仕事をしていたのか、手ぬぐいで汗を拭きながら北斗も出てくる。
「あいかわらず、愛らしい」
中州最強の男は与羽にやさしい。右顔面を覆うやけどのせいで強面だが、与羽を見る時はどこにでもいるやさしいおじさんになる。
「あ、ありがとうございます」
与羽は反応に困りつつも礼を言った。
「大斗に用か?」
「はい」
「珍しいな」
「絡柳先輩から、言伝を頼まれて――」
嘘も方便。与羽自身が大斗に用があって来たと言えば、どんな誤解をされるかわかったものではない。特に大斗。絶対にふざけて甘い言葉を吐いてくる。
「ふふん? 城主からじゃなくてか」
「はい」
ここで与羽はいたずらっぽい笑みを我慢できなくなった。
どちらにしろ城下中の人々を与羽の協力者にする予定だ。九鬼家は妻の実家が営む八百屋と、代々受け継いできた鍛冶屋を副業としている。八百屋には町中の主婦が集まり、鍛冶屋には町中の武官が集まる。何か話を広めるのに、これほどふさわしい場所はない。
与羽が身振りで耳を貸すよう示すと、北斗はもちろんそばで話を聞いていた数子、さらには奥で野菜の陳列をしていた次男――千斗さえも寄ってきた。
千斗も大斗や北斗ほどではないものの背が高い。しかし、彼らに比べると細身で、無口なこともあり影が薄い印象だ。
与羽は集まった三人に簡潔に計画を話した。話し終えた後の反応は三者三様だ。
千斗は全く表情を変えずにさっきまで行っていた野菜の陳列作業に戻り、数子は若い娘がするように短く黄色い悲鳴を上げた。北斗は頭を抱えている。
「北斗さん?」
「お前ら――」
北斗はうめくように言う。
しかし、次の瞬間には姿勢をただした。
「まぁ、卯龍ほど過激にやらないようだから、よしとしよう。この辺が卯龍と文官若頭――水月の違いだな」
「………。何の話ですか?」
「若かりし頃の卯龍が考えた『恋愛成就大作戦』は過激だったってことだ。卯龍がその記述だけ分けて隠すほどな」
「え? 私それ読みたいです!」
いたずらの匂いを感じたからか、与羽は目を輝かせて北斗を見上げた。その背後で雷乱が顔をしかめているのには気づかない。
「まぁ、卯龍に直談判だな」
北斗は言って、ふと通りの方を振り返った。朝の込み合った往来の間に小さく見慣れた人影がある。長身で体つきはしっかりしており、雷乱ほどではないものの大柄だ。そのせいか、菜の花がたくさん入ったざるを抱えて歩く姿が、全く似合っていない。
与羽は思わず吹き出してしまった。