一章五節 - 奏上案
「絡柳先輩にもあんな時代があったんですか?」
使用人家系出身である絡柳に聞いてみる。
「俺はもっと賢くて大人びた子だったさ」
当たり前のことを言うような表情で絡柳は答えた。
「かわいげのない子どもですね」
「そうだったかもな」
反論するかと思いきや、絡柳は浅くうなずく。淡く浮かべた笑みが自嘲に見えるのは気のせいか。
「俺は、官吏になりたかったんだ。使用人がいやなわけじゃないが、官吏になりたかった。
中州は全ての人に官吏になれる道を開いてくれている。それでも、官吏――特に文官の場合は少数の文官家が上位を占めている。中州の姫君、どうしてだか分かるか?」
「知的財産の占有」
与羽はよどみなく答えた。
「多分、それが一番大きいんだろうな」
絡柳もうなずく。
「学問所で学べるのは、基本的なことだけだ。あれだけでは、試験を受けても落ちる。中州には全ての民衆が使える書庫がない。歴史や政治や――、色々な文献が見たいと思ったら、それがある場所へ足を運んで頼み込まなくてはならない。
庶民の出と言っても、ありがたいことに、俺は水月――月日家の使用人だ。最初は書庫の掃除を口実にこっそりと読書した。そのうちそれだけでは足りないと思い、旦那様――月日の大臣に頼んで旦那様の私室にある本も読ませて頂いた。
歴史書は古狐に全ての原本があるから通いつめて読んだ。その時だったかな、乱舞に会ったのは」
「私も古狐の書庫で何度も先輩を見た気がします」
「覚えている。お前はここ二十年の歴史書や記録を片っ端から読んでいたな。先代城主――翔舞様のことが知りたかったんだろう?」
与羽がうつむき気味にうなずいた。
少し湿っぽい雰囲気になったのを察して、雷乱が大きな手で与羽の頭を叩く。もちろん小さな与羽の体を気遣って、やさしく壊れ物を扱うように――だ。
「今そんな話をして、何になる?」
与羽に亡き父親のことを思い出させた絡柳を雷乱は睨んだ。たとえ、与羽が先輩として尊敬していても、身体的でも精神的でも与羽に危害を加えるものには容赦しない。
「城主への奏上案」
殺気に近い敵意を向けられても、絡柳はひるむことなく答えた。
彼は文官五位だが、武官十九位の位も持つ。その自信が少しの殺気にも動じない精神を育てているのだ。
「城下町に一般の人も利用できる書庫――できれば貸本屋をつくってほしい」
絡柳はよどみなく言う。
「俺は月日の後ろ盾で文官になった。だが、そのせいで月日よりも上にはいけない。俺は月日の補助だからな。代替わりすれば独立できるかもしれないが、何年先のことになるか分からない。中州城主一族の誰かと婚姻を結んで、城主一族の後ろ盾が得られれば俺の実力に見合ったところまで登れるんだろうが……。残念ながら、城主一族唯一の姫は――」
絡柳は、横目でまっすぐ前を見つめて話を聞く与羽を見た。
「顔はそこそこ良いが、魅力を感じない」
「なっ! おま――」
雷乱が与羽の頭越しに絡柳の襟首をつかんだ。