一章四節 - 門前の護衛官
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与羽と絡柳が月日の屋敷を出た時には、空の大部分が濃紺に染まり、星が淡く瞬いていた。まだ西の空には茜が残っていたが、それもほどなく消えて完全に夜の世界へと移っていくのだろう。
「どうせ城まで予算案を持っていかないといけないから送るぞ」
絡柳が分厚い紙の束を軽く振りながら言った。
「ありがとうございます。でも――」
月日家の外門の内側まで来て、与羽は開けてもらった門の外をうかがった。
「やっぱり――」
つぶやいた彼女の視線の先には大きな人影。磨かれた門の柱に腕を組んで寄りかかっている。
その横には、使用人の少年が困ったように立っていた。そうでなくても成長期前の少年は背が低いのに、そばにいるのが中州でも有数の大男のためにとても小さく見える。
「雷乱」
与羽は大男の名前を呼んだ。
「遅ぇ」
与羽の呼びかけで気だるげに彼女を見た雷乱の声は、低くどすがきいている。その表情も、眉間に深くしわを寄せ、いらだちをあらわにしていた。
「絡柳先輩に言って」
しかし、与羽は彼の不機嫌など気にしていないようで、丸太のように太い腕をねぎらうように叩いた。
「帰りが暗くなりそうだったから、迎えに来てくれたんでしょ?」
そう言って浮かべたほほえみには、いつもの邪気がない。純粋に喜び、自分の護衛官を誇りに思っている。
「お、おう」
そんな与羽に雷乱は思わずたじろいだ。
夕焼けの残滓で深藍に光る髪に縁取られた与羽の顔は、いつもの明るさを見せつつも、どこか大人びてはかなげだ。彼女は中州の姫君なのだということを改めて思い知らされた。
しかしそれもほんの数瞬。
「じゃぁ、帰ろう。――行きましょう、絡柳先輩」
与羽が機敏な動きで絡柳を振り返る。
「……そうだな」
含み笑いを浮かべて、絡柳が与羽と並んだ。
そのかげで、使用人の少年はほっと胸をなでおろしている。与羽が出てくるまで雷乱の相手を務めるのは、苦痛だっただろう。
大柄で大抵眉間にしわを寄せている雷乱は、慣れない者には外見だけで恐怖を与えるのだ。
「色々ありがと。レイによろしく」
レイとは月日家の跡取り息子。与羽とともに学問所で学んだ同期だ。
「はい、お伝えしますっ! お気をつけてお帰りください」
使用人の少年は、びくりと身を震わせて釣るされたように直立した後、深々と頭を下げた。決まり文句だが、心のこもった良いあいさつだ。必要以上にかしこまっているのも、初々しく好ましい。