一章二節 - 龍姫の恋愛成就大作戦
ほとんどの人が彼は完璧な人間だと思っている。今まで五家ある主要文官家が勤めてきた文官の上位五位に当時二十一と言う若さで食い込んだ主要文官家出身でない有能青年。彼ならば、将来一位の大臣も難くない。ほとんどの人がそう思っていた。
絡柳の生家――水月家は代々月日家の使用人を務めてきた家系。そこから現在の地位まで登ってきた彼だが、決して完璧でも天才でもなかった。
「家」という大きな後ろ盾のない中で、色々なところに頼み込んで本を読みあさり、誰も気付かないような努力をしてきたのだ。弱音も吐かず、黙々と――。
彼がそれを見せ、甘えるのはほんの数人。
与羽は絡柳のほつれた髪に手を伸ばそうとした。
「にもかかわらず、だ」
しかし、絡柳が頭をあげて与羽を見たため、手を引っ込めてしまった。
「やっと終わって、あとは城主と卯龍さんに見せるだけだったにもかかわらず、なぜこんなところで、いたずらじゃじゃ馬姫が待ってる?」
また与羽がややこしいものを持ってきたと思っているらしい。
「俺を過労死させたいのか?」
「大丈夫ですよ」
与羽はいたずらっぽい笑みを絶やさず、絡柳の頭をねぎらうようにぽんぽん叩いた。
「私が動けば、辰海も動きますから」
「…………」
絡柳は机に突っ伏したまま、顔だけあげて上目遣いに与羽を見た。さきほどまでとは打って変わって、真面目な顔をしている。
文官筆頭家長男――古狐辰海の潜在能力は、おそらく絡柳以上だ。にもかかわらず、これといった官位を持っていないのは、与羽にかまうばかりで政治に関わる時間がないからだと言われている。
与羽がやれと言えば、その能力は十二分に発揮されるだろう。
「……何をするつもりだ?」
絡柳の低く押し殺した問いに、与羽は絡柳の鼻先に人差し指を突き付け、いっそう笑みを深めた。
「『龍姫の恋愛成就大作戦』!」
「…………」
沈黙すること数秒。
政務で疲れた絡柳の頭は、その真意を突き止めようと情報が駆け巡っている。
しかし、面倒になった。
「詳しい説明を頼む」
絡柳は思考を放棄して、ため息交じりにそう言った。