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四章六節 - 龍王の引目

「そろそろ降りようか」


 まだ馬で行けないことはないが、乱舞(らんぶ)はそう提案した。


「そうしましょうか。この子も大変だしね」


 沙羅(サラ)も馬を気遣って降りることに賛成する。そして、乱舞が手を貸す間もなく近くの岩の上へとなめらかな動きで降り立った。

 乱舞もすぐ馬をおりて、手綱を引きながら歩き出す。その隣を半歩遅れで沙羅が歩いた。


 ここまで来る間に日は高くなり、辺りには枝の間を縫って陽光が差し込んでいる。

 灰色のごつごつした岩は、冬の間に葉を落とした(つる)やコケに覆われ、場所によってはその表面を水が滴っていた。


 水音と枝のさざめき、鳥の声。どこからか聞こえてきたへたくそなウグイスの声に、二人は顔を見合わせて笑った。


 しばらく行って馬を日陰になった水場に繋いだ後も、二人はだんだん大きな岩が増え登りにくくなっていく山道をゆっくりと進んだ。二人並んで歩くのはやや厳しいので、必然的に目的地を知っている乱舞が前を歩く。


 身の丈をゆうに越す岩の脇を抜け、ひざよりも高い段差を上って振り返り――。


「沙羅……」


 乱舞は片手を下にいる沙羅に向かって手を伸ばした。


「私も一応武官のはしくれだから、これくらいどうってことないんだけどね」


 そう言いつつも、沙羅は弓でタコのできた手を伸ばして乱舞の手を取る。

 強く引きあげた勢いで、乱舞の胸に倒れこんでくる沙羅。という構図が乱舞の頭をよぎったが、それをさりげなくやる技術はなかったので、止めておく。


 ――こういう時、きっと大斗(だいと)絡柳(らくりゅう)ならうまくやるんだろうな。


 今まで何度思ったかしれないことを再び心の中で呟き、いつもより少しだけ近くにある沙羅の顔を見た。

 すぐに乱舞の視線に気づいて沙羅が顔をあげる。顔にかかった髪をかきあげるしぐさが(つや)めいて見えた。


「ありがとう」


 柔らかくほほえんだ沙羅に乱舞も少しぎこちない笑みを返す。


「いや……。これくらい――」


 やや上ずった声で言う乱舞。どうも緊張しているようだ。それを隠すために乱舞はさらに歩き出そうとして、沙羅の手を握ったままだったことを思い出した。


「あ、ごめ――!」


 慌てて手を放したが、一気に顔が熱くなる。大斗がこの場にいたら、「手を握ったくらいで、なに赤くなってんの? ガキじゃあるまいし」とでも言っただろう。


 ――だから、僕は大斗や絡柳みたいにはなれないんだって。


 乱舞は何度目か分からない言葉を自分の中で言って、赤面した顔を見られないように沙羅の前に立って再び歩きはじめた。

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