四章一節 - 龍王の不安
乱舞は、南通りを下りながら考えた。
懐には与羽が押し付けた婚約届。一晩中持って行くべきかどうか悩んで、結局あっても邪魔にならないからということで持ってきた。沙羅に見せなければいいだけの話だ。
道行く人が、乱舞を見て声をかけてくる。与羽と比べると城下町に出ることは少ないが、特異な青くきらめく黒髪で彼の身分は誰でもわかる。
それに丁寧に返事をしていくが、どうも落ち着かない。このまま紫陽家へ向かうつもりだったが、本当にそれでいいのだろうか。迷惑ではないだろうか、疎まれないだろうか。仕事をしていないダメ城主だと思われないだろうか――?
考え出すと嫌な想像ばかりしてしまう。
――もし、婚約届を持っているのがばれて、性急な奴だとか思われて嫌われたらどうしよう。「私、あなたと結婚するつもりなんてないわ」とか言われたら――。
「…………ちょっと、大斗のとこに顔出そう」
乱舞はそう独りごちて進路を変えた。北――本通りへ抜ける路地に入る。
時間はまだ昼前、日の当らない春の路地はひんやりとして寒いくらいだ。
せっかく着た上等な着物を汚さないように気をつけつつ乱舞は逃げるように路地を通って行く。
知っている道ばかりを通ったので、少し遠回りをしているが迷ってしまうよりは早いはずだ。
大通りに出た乱舞はまっすぐ大斗がいるであろう八百屋へと向かった。
「何やってんの? お前」
しかし、乱舞を見た大斗は、陳列途中の大根を片手に持ったまま乱舞を睨みつけた。
「『なに』って、せっかくの休みだから、大斗の様子でも……、見ようかと……」
大斗の冷たさにひるんで、乱舞の言葉はだんだんと小さくなる。
「俺は忙しいんだ。ちなみに、絡柳はこの二日、与羽の補佐をしてるだろうし、一鬼道場に行くのは俺が許さない。それよりも行くべきところがあるだろう?」
「…………」
「紫陽の所へ行きなよ」
乱舞が沈黙していると大斗が確定的に言った。
「けど――」
反論しようとするが言葉が出ない。
「なに? お前は紫陽に会いたくないの?」
「会いたくないことはないけど……」
「じゃあ、行けばいい」
大斗はそっけない。
「でも、忙しかったりしたら――」
「紫陽は今日から三日休みだよ。与羽と絡柳が漏日大臣に打診してたからね」
文官第三位――漏日時砂は中州の文官・武官・地方官・準吏、全ての人事を統括する大臣だ。彼の署名一つで全ての官吏の出勤・休暇位なら自由に変えられる。罷免・異動となると城主やほかの大臣の承認が必要になってくるが……。




