三章六節 - 龍姫と元暗殺者
「…………。こうしろってことか」
与羽は表情を改めた。さっきまでの城主代理としてのまじめな顔ではなく、見慣れたいたずらっぽい笑みの浮かぶ与羽の顔。
「比呼、頼まれごとがあるんだけど、大丈夫?」
いつもの軽い口調で言う。
「うん、何でもする」
比呼はやわらかくほほえんだ。
「ありがと。けど、危険なことだから断ってもいい。私のために、華金で華金王の動向を探ってくれん? なんか不穏な動きがあったら、帰ってきて教えて欲しい。いや、帰りたくなったらいつでも帰ってきてかまわんし、私は責めん。誰かがあんたを臆病者と嘲笑ったら、私がそいつを殴ってやる――」
与羽はたくさん条件を提示していく。それを見ながら比呼は一層笑みを深めた。
――与羽は、僕のことを考えてくれている。
「分かった」
比呼はほほえみを絶やさずに言う。
「……本当にいいん? 危険よ?」
あまりにも比呼がすんなり受け入れるので、与羽は不安になった。
「昔やっていたことをやるだけだから、別に危険でも何でもない。昔の日常に戻るだけ」
比呼は与羽を見ているようで、どこか遠くを見ているようだ。そこに、かつての暗殺者としての過去が見えるのだろうか。
「比呼……?」
「でも、昔とは全然違う。君は暗殺を強要しない。君はいつでも帰ってきていいって言ってくれた。僕を守ってくれるって言ってくれた。僕を名前で呼んでくれる。僕は自分で選んだ主人のために働けるんだ」
与羽は比呼が穏やかな表情の裏に別な感情を隠しているのではないかと、彼の顔をまじまじと見た。誰かと目を合わせるのが苦手な与羽にしては、珍しい行動だ。
それだけ比呼のことを心配しているのだろう。
「凪ちゃんは――?」
「なに? 君は僕に行かせたくないわけ? 凪なら大丈夫だよ。僕も絶対に自分の命を危険にさらしたりしないし。君に与えてもらったものに見合うだけのことをしないといけないから」
比呼は真顔の与羽を見て片目をつむってみせた。
「……ありがと」
与羽はぎこちなくほほえむ。
「どういたしまして」
比呼はそれにとびきり美しい笑みで応えた。




