三章五節 - 予定外の提案
「城主代理!」
卯龍が声を荒げて上段の間に踏み込んだ。
「せっかく署名していただいたものを申し訳ありませんが、内容を改めさせていただきます。場合によってはここで破り捨て最上位の大臣――古狐卯龍の名において箝口令を敷かせていただきますので、あしからず」
「どうぞ」
与羽は自分の脇に立つ長身の卯龍に紙を渡した。まだ署名が乾ききっていないことに注意しつつ、卯龍は上段の間に立ったまま紙に目を通す。
「何ら問題ないと思いますけど?」
上段の間に座ったまま与羽が自信たっぷりに言う。
「なるほどな……」
卯龍はうなずいた。未だにささやきあう文官たちとは違い、既に落ち着きを取り戻し、冷静な官吏の顔で内容を吟味している。
「確かに問題はないようだ。絡柳が他の大臣に相談することなく奏上した意味もわかる。だがな、絡柳。せめて俺にだけは話せ。俺は出自でお前を軽んじるほど愚かじゃない」
「申し訳ありません」
絡柳は下の間から深くこうべを垂れた。
その頭に、上段の間から降りた卯龍のこぶしが落ちた。ただし、充分に加減はされているようだ。
「あらあら、おとなげないこと」
その様子を見て、四位の文官――紫陽大臣が呟く。扇子で口元隠した品のよさそうな中年女性だ。
「まぁ良い。次だ」
卯龍は彼女をにらみつつも、朝議の進行を続けた。
「……あの、父上。僕からも――」
先ほどの卯龍に気圧されたのか、辰海がおずおずと紙の束を差し出す。
「……お前ら」
卯龍は与羽と辰海と絡柳――三人をねめつけて辰海の差し出した紙を奪い取った。辰海にもげんこつを落とすのも忘れない。
さきほどよりも時間をかけて、卯龍は内容を吟味していた。たまに前の内容に戻って見比べるなどして、確認を怠らない。
「これは――」
最後まで読んで卯龍はやっと口を開いた。
「辰海、お前が作ったのか?」
「はい、絡柳先輩に監督していただきながら作りました」
辰海は恐縮しきっている。勝手なことをして怒られるのではないかと恐れているのだ。
「二ヶ所、言い回しが少し俺好みじゃないところがあるが、内容は完璧だ。すぐに奏上できる」
卯龍はねぎらうように辰海と絡柳の頭を叩き、一の間から与羽に向き直った。
「城主代理は既にこの内容をご存じですね?」
与羽は深くうなずいた。
「中州城下町に貸本屋を作る件、こちらで進める許可を頂けますでしょうか?」
卯龍の丁寧な問いに与羽はもう一度うなずく。
「では、こちらに署名をお願いいたします」
先ほど上段の間に踏み込んできたのとは別人のように、卯龍は洗練された動きで与羽に紙の束を差し出した。
与羽が署名する。
「ありがとうございます。では、次――」
最初こそ与羽たちが勝手な行動をしたために乱れてしまったが、それ以降は卯龍の手腕と賢い官吏のおかげで話は滞りなく進んだ。結果として、四つの案件を通し、二つを再検討とした。
* * *
その後、昼を完全に回ってから昼食を取り、今度は家紋の入った小袖に着替えて城下町へと繰り出す。
北にある中州川に引き入れる水の量を調節するための水門を視察し、農地の様子を見る。
そして城下町に戻った与羽は、大通りに面する薬師家を訪問した。目的は、かつて城主一族の暗殺を企てた元暗殺者に会うためだ。
「比呼。今日は城主代理として話があって来た」
与羽はいつもより威厳ある口調で言った。
「はい。先日いただいた手紙を拝見しました」
比呼も改まって答えるが、どこかいたずらっぽい雰囲気がある。
「でも、中州城主のためには働きませんよ、僕は」
比呼の言葉に与羽は眉間に軽くしわを寄せた。
「僕が忠誠を誓ったのは、あくまで中州の姫君であって、城主ではないので」




